ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

苦役列車

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 西村賢太芥川賞受賞小説の映画化「苦役列車」を、森山未來の演技が凄いという噂に期待して観てきました。「海猿」や「ヘルタースケルター」といった話題作と同時期の公開でどれだけ入っているかなあ、と心配していましたが、座席数の少ないシネリーブル神戸とはいえ6,7割程度座席が埋まる結構な入りでした。前田敦子効果?と思ってもみましたが、見渡した限りAKBファンっぽい人は殆どいなかったです。あくまでも映画の内容に期待しての入りだと思います。
 その前田の敦っちゃん、何かと物議を醸す発言を繰り返す西村賢太に「柏木由紀にしてほしかった」なんて言われちゃってましたが、なかなかの好演でした。そして、森山未來の演技が凄いという噂、本当でした!

『 2012年 日本映画 配給:東映

スタッフ
監督: 山下敦弘
原作: 西村賢太

キャスト: 森山未來高良健吾前田敦子マキタスポーツ田口トモロヲ

 1987年、中卒で19歳の北町貫多は、日当5500円の日雇い労働でその日暮らしの生活を続けていた。生来の素行の悪さと性犯罪者だった父をもつ引け目から友人も恋人もいない貫多だったが、ある出会いによって大きく変化していく。(映画.comより)』

 いやあ、畏れ入るほど負のオーラが充満した映画でした。これほど徹底的にやられるとかえって爽快、、、とは言いませんが、素直に山下敦弘監督に脱帽です。

 まずは本編への入り方からしてチープ極まりない。なんせ、見慣れた東映の荒波のオープニングテーマ映像にフーゾクの呼び込みの声が重なってくるんですから。。。そしてファーストシーンはその呼び込みのおっさんが立つ場末のボロの壁一面が映し出されます。その壁の真ん中には暗い登り階段。覗き部屋への入り口です。しばらくしてそこから降りてくる冴えない風体の男が一人。森山未來です。
 私は常々映画の出来不出来は入り方である程度判断できるという持論を展開してきましたが、そういう意味では

「どれほど情けない映画になるんだろう」

という普段とは逆の期待を抱かせる興味深いオープニングシーンでした。

 そして予想通り、森山未來演じる主人公のだめっぷりが半端でない。父親が性犯罪を犯し顔がTVの「ウィークエンダー(懐かしい!)」で晒されたため一家離散してしまい、中卒止まり。それでも時代はバブル絶頂期、底辺を蠢いていても日当5500円弁当つきの日雇い仕事はある。それでまともな生活をしているのかといえば否。金は殆どが酒やフーゾク、そして唯一の趣味の古本に消えていく。たった1万円程度のボロアパート代を4ヶ月も平気で滞納する。やっと出来た友達に借りた金は返さない。中卒の僻みから悪態をつく。酒癖は悪く、品格最低の絡み酒。いつも性欲の捌け口を探している。女をそういう目でしか見られないものだから「友達になろう」という片思いの女の子の言葉が理解できない。。。

 およそ考えうる限りの下劣な品性をこれでもか、と晒す森山未來の演技には正直圧倒されました。彼の作品をすべて観ているわけではありませんが、妬みや欲望、喜怒哀楽を目つき一つで表現する演技が今までの彼にない新境地のように思いました。更には原作者に「発達障害のようだ」と批判されたねちっこい喋り方も印象的でした。
 公式HPを見ると実際に当時の底辺の生活を実生活でシミュレートするほどの入れ込みようであったらしく、その成果は十二分に感じ取れました。

 そんな彼に翻弄される友達役が高良健吾。高卒で専門学校生なのに日雇い仕事にやってくる、森山未來よりは生活ランクが大分上の男。学年が同じことが分かり、二人は友達になり、森山未來が思いを寄せる古本屋のバイトの女の子前田敦子との仲を取り持ったり、金を無心されて貸してやったり、次第に交流を深めていきますが、結局主人公の性格と酒癖の悪さから決定的な亀裂が入り、最後には離れていきます。この出会ってから別れるまでの、森山未來とは対極にあるごく普通の人間の心情の変化を高良健吾はうまく演じていました。

 そしてこんな救いのない物語にわずかな安息をもたらすべく、原作にはない設定で登場するのが前田敦子。古本屋のバイトで、意外にすんなりと森山未來の友達になります。彼の無礼な行動も一旦は許し、高良健吾と三人でボーリングや海に遊びに出かけるシーンはこの映画で唯一ほのぼのとした雰囲気に溢れています。
 極寒の冬の海に入って3人で戯れるシーンを、スリップが濡れてブラやパンティが透けるのも厭わない体当たりの演技で演じ、更には決定的な森山未來との訣別となる雨の中でのラブシーンもなかなか見せてくれ、まずまずの演技は出来るのだなと感心してしまいました。AKB48のセンターを張った割には女優としての華を感じられなかったのはちょっと心配ですが、今後演じる役柄によっては化ける可能性もある面白い素材だなと思います。

 出演者であと名の通った人と言えば田口トモロヲくらい。それ以外、有名俳優を敢えて起用しなかったことは、原作が私小説であるこの作品にリアリティを持たせる上で有効だったと思います。そんな中で一人、マキタスポーツという芸人さんが印象に残りました。森山未來を落胆させ、その後どんでん返し的に一筋の希望を彼に与える役どころなんですが、まあこれは見てのお楽しみです。

 閑話休題、そんなろくでもない男の日常を延々と描きつつ、主人公は高良健吾にも前田敦子にも愛想をつかされ、一体話はどこへ終息していくのか?、それが気になりだした頃、いきなり話は3年後へ飛びます。まだ公開されたばかりですのでそこから先は伏せますが、ラストシーンでの森山未來の背中の演技はなかなかのものであったと申し上げておきます。

 こんな救いのない物語ですが、飽きさせることもなく最後までぐいぐい観客を引っ張った山下敦弘監督の演出は出色の出来栄えだったと思います。また前作「マイ・バック・ページ」で学園紛争の時代の風景を見事に再現したように、本作でもバブル時代の底辺層の歓楽街やボロアパートなどの大道具から酒やタバコ(ちなみに森山未来はハイライト)といった小道具まで妥協することなく再現していました。

 ダメ男をひたすら描写し続ける映画のどこが面白いのか、と言われそうですが、森山未來の凄みさえ感じる演技に、ラストまでぐいぐいと映画に引き込まれていきます。間違いなく彼の代表作の一つ、或いは役者人生のターニングポイントになる一本であると思います。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)