ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

アーティスト

Theartist
  今年の第84回アカデミー賞は奇しくもサイレント映画へのオマージュ2作品が5部門ずつを受賞する、という結果になりました。片やデジタル技術や3Dなど、最先端の映像技術の粋を尽くした「ヒューゴの不思議な発明」、そしてもう一作が対照的にあえてこの時代にモノクロ・サイレントの技法を選んだ「アーティスト」でした。そして受賞部門数は同じでも、「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」といった主部門を制した「アーティスト」が事実上圧勝した、という見方が報道の大勢を占めていました。
 日本では「ヒューゴ」の方が先に公開され、先日レビューしましたようにとても良い映画でしたので、一方のこの「アーティスト」が一体どのくらい素晴らしい出来なのだろうと期待しておりました。先日公開され、ようやく観ることができましたが、ヒューゴと優劣を競うほどの大作ではなく、アカデミー賞選考委員の好みにピタッとはまったんだろうな、というのが正直な感想でした。もちろん出来が悪いというのではありません。アカデミー賞等の余計な先入観や過度の期待なしに見れば、素直に楽しめ、とても心温まる佳品であると思います。

『2011年フランス映画 配給:ギャガ

監督、脚本: ミシェル・アザナビシウス

キャスト: ジャン・デュジャルダンベレニス・ベジョジョン・グッドマンジェームズ・クロムウェルペネロープ・アン・ミラーマルコム・マクダウェル

舞台は1927年のハリウッド。スター俳優のジョージ・バレンタインは若い端役女優のペピー・ミラーを見初めてスターへと導くが、折しも映画産業は無声からトーキーのへの移行期。無声映画固執し続けるジョージが落ちぶれていく一方で、ペピーはスターダムを駆け上がっていく。(映画.comより)』

 誤解の無いようにまず申し上げておきたいのは、単純なモノクロ・サイレントだから大作でないといっているわけではありません。特に映像は陰翳の深さ・滑らかさが素晴らしく、単純に当時のサイレントを模して白黒フィルムで撮ったものではないことがすぐに分かります。実はこの映画、まずカラーフィルムで撮影し、それをグレイスケールにコンバージョンしているのです。だから黒と白の間の階調が豊かなのです。ということはメークから衣装、小道具、大道具に至るまで全てカラー用に、慎重に製作・選択されているはずですし、ロケ地にもこだわったはずです。

 例えばジャン・デュジャルダン扮する主人公の落ちぶれていくサイレント時代の名優ジョージ・ヴァレンティンは、明らかにダグラス・フェアバンクスをモデルにしていると思われますが、実際ベレニス・ベジョ扮する、大スターに登りつめていくぺピー・ミラーの豪邸のベッドルームは、メアリー・ピックフォードの実家で撮影されたそうです。メアリー・ピックフォードと言えばケイティ・メルアの同名曲(Pictures所収)を思い出してしまいますが、その中にも歌われているように、彼女はダグラスと結婚しています。

 また、この映画は完全にサイレントというわけではありません。もちろんサイレント時代にも劇場で生バンドが演奏しBGMをつけていたりする事はあったわけで、この映画でも冒頭、映画中映画で音楽が流れ、その後劇場でオーケストラが演奏している、というオチを実際に描いていて当時を偲ぶよすがとしています。ただ、それだけではなく、この映画には効果音はふんだんに用いられていますし、途中トーキーのスターとなるぺピーの歌も挿入されています。そしてラストシーンでは効果的にトーキーに転換して終わります。

 というわけで、「ヒューゴ」とは違ったアプローチでこの映画は素晴らしい映像・音声を観るものに提供しています。

 その上であえて大作ではない、と申し上げたのは、やはり基本的にサイレントを模している以上、時折差し挟まれる字幕だけでわかるシンプルな脚本、そして当時の技術で可能な範囲内での演出、という制約からくるものです。
 しかし「監督賞」を取ったくらいですから、ミシェル・アザナビシウス監督はその制約内で相当凝ったことをしています。まず彼は350本近いサイレント映画を観た上で構想を練り、随所に有名な映画の名シーンを髣髴とさせるシーンを取り入れています。それが過剰で鼻につくという批判もありますが、全てを指摘できる人はそうそういないはずで、私はそれほど気になりませんでした。
 また、映画中サイレント映画の演出にはわざとらしい動きを多く見せる一方で、実際のストーリーは無声映画でありながらごく普通の大げさ感の無い演出をしてその対比をうまく見せています。おまけにトーキーの花形女優となったぺピー・ミラーにサイレントの大げさ感を新聞社の取材で批判させ、それがジョージの怒りをかうというストーリー展開まで用意しています。

 ここまで凝ったことをしてシンプルな脚本と演出でシンプルなサイレント映画に見せかける、というのは確かに大変な熱意と努力ですが、逆にそれを悟られてはいけないという矛盾も内包しています。
 ですから、落ちぶれていく名優と彼を慕いながらスターの階段を駆け上がっていく女優の純愛物語といういささか陳腐なストーリーを、台詞無しで100分以上見せられれば、途中退屈でだれてしまう人がいてもおかしくありません。実際私が見た劇場ではあちこちで居眠りをする人のいびきが聞こえてきました(苦笑。

 まあそれはさておいて、そんな退屈からこの映画を救っているのは、やはりダグラス・フェアバンクスをはじめとする、時代に取り残されていく俳優たちへの限りない愛情に満ちた脚本と、パルムドール賞まで受賞した犬のアギーを含めた出演俳優たちの熱演でしょう。特に最後のジャン・デュジャルダンベレニス・ベジョによるタップダンスは圧巻でした。このシーンのために二人は半年も特訓を重ねたそうです。

 個人的には、

・まだエキストラだったぺピーがジョージの楽屋に入り込み、彼のスーツに手を通して演じるパントマイム、
・それをジョージが見つけて、「スターになるには他の人には無い何か特別なものが必要だよ」と、マリリン・モンローの実話を髣髴とさせる、あるメイクを施してあげるシーン、
・そして落ちぶれ果てたジョージが拳銃自殺を企てて、「BANG!」という字幕と効果音が入った直後のいかにもサイレントらしい演出シーン

などがとても印象に残りました。

 そして先程も少し述べましたが、ラストシーンが素晴らしい。ぺピーの努力によりジョージが映画に復活することとなり、二人で圧巻のタップ・ダンスを踊り終えた後、監督の「Perfect!」という声とともに映画がトーキーに 転換する見事な演出、そしてジョージが唯一しゃべる台詞が、観るものに心地よい感動を与え、映画は幕を閉じます。

 以上映画好きにはたまらないシーンを満載したノスタルジー溢れる映画ですが、実は現代の技術をもってして初めて可能となった映画だと思います。そういう意味で、今の時代にこういう映画がアカデミー賞を獲得するということは当然あってしかるべきであると思います。が、それをカムフラージュしてシンプルなモノクロ・サイレントに見せかけている分、この長尺だとやや退屈という瑕疵がないとは言えません。
 奥歯に物の挟まったような締めになってしまいましたが、まあ、特に古い映画が好きでもないのに「アカデミー賞5部門受賞!」という派手な惹句に惑わされて観にいくと後悔するかもしれませんのでご注意を、とだけ申し上げておきます。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)