ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

楽園のカンヴァス/ 原田マハ

楽園のカンヴァス
  原田マハの小説は「カフーを待ちわびて」と「キネマの神様」しか読んだことはなかったのですが、前者は私の大好きな沖縄の風景が心の琴線に触れ、後者は父が映画館を経営していたこともあり、もちろん大の映画好きということもありでこれまた琴線に触れで、心地よい「やられた」感のある作品をお書きになる作家だな、という印象を持っていました。
 「楽園のカンヴァス」はその彼女の最新作で、いよいよ満を持して「画家と絵画」をメイン・テーマに持ってきました。というのも彼女の公式サイトの長い自伝を読んでいただけるとわかりますが、彼女自身キュレーターなんですね。ちなみにキュレーターとは

欧米の博物館(美術館含む)、図書館、公文書館の ような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職(Wikipediaより)

のことを言います。閑話休題、本作はアンリ・ルソーピカソの二人の偉大な画家へ捧げたオマージュとなっています。

 梗概をAMAZONの解説より引用しますと

ニューヨーク近代美術館学芸員ティム・ブラウンは、スイスの大邸宅でありえない絵を目にしていた。MoMAが所蔵する、素朴派の巨匠アンリ・ルソーの大作『夢』。その名作とほぼ同じ構図、同じタッチの作が目の前にある。持ち主の大富豪は、真贋を正しく判定した者に作品を譲ると宣言、ヒントとして謎の古書を手渡した。好敵手は日本人研究者の早川織絵。リミットは七日間―。ピカソとルソー。二人の天才画家が生涯抱えた秘密が、いま、明かされる。(AMAZON解説より)』

  アンリ・ルソーといえばこの本の表紙にもなっている「夢」に代表されるような色彩豊かなジャングルや動物の絵を連想します。その遠近法を無視した、当時の主流の誰にも似ていない絵は「稚拙」であるとか「日曜画家」であるとか揶揄され、不遇・極貧のまま生涯を終えました。そしてその後も「素朴派」などと称され、決してその高い芸術性が理解されてきたとは言えません。そんなルソーの絵画を真に理解し高く評価していたのが、20世紀を代表する天才画家ピカソでした。

 そんな歴史的背景を良く知り、実際「夢」が展示されているニューヨーク近代美術館MoMA)に勤務した経験のある著者は、おそらくこの絵に魅了され、美術関係のミステリを書くのならルソーを主人公しようと決めていたのではないでしょうか。そうとしか思えないほどの思い入れの深さを本作からは感じます。

 例えば作中作として登場する7章からなるルソーとピカソにまつわる古書。「夢」の中の女性ヤドヴィガをからませ、とても印象深く切ない恋物語となっています。そしてこの書を読むことにより謎の美術蒐集家が提示した「夢」と殆ど瓜二つの絵画「夢のあと」の真贋を判定させる、という、過去の美術ミステリではお目にかかったことのない斬新な手法。最初はさすがに違和感がありましたが、読み進むにつれ完全にその古書の世界へ引きずり込まれてしまいました。この書の舞台である20世紀初頭のパリへ入り込みたいという衝動にさえ駆られます。おそらく著者自身がそう強く願っているからに他ならないのではないでしょうか。

 そしてそんな純粋な絵画への愛情とは裏腹の、美術館、絵画オークション、蒐集家等の裏面も白日の下にさらしているあたりは、彼女自身の知識や経験に裏打ちされているのでしょう、とてもリアルでここまで書いていいのか、と思うほどです。

 敢えて言うと、古書の作者、謎の美術蒐集家の正体は途中でおおよその推測はつきますし、本文のプロットもそれほど凝ったものではなく、真贋判定の結末もやや中途半端で(まあ実在しない作品なので当然と言えば当然なんですが)、ミステリとしては物足りない面もあります。

 しかしそれを補って余りあるほどのキュレーターとしての該博な知識や経験に基づいた描写に圧倒されるとともに、画家やその作品への溢れるような愛情が素直に感じとれるところにとても好感を持ちました。20世紀フランスの近代美術に少しでも関心のある方には、お勧めの作品です。