ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

マイ・バック・ページ

マイ・バック・ページ [DVD]
  ボブ・ディランの名曲「My Back Pages」から題名を取った、川本三郎のノンフィクションを映画化した「マイ・バック・ページ」です。去年の春に公開されていて気になっていたのですが、ようやくDVDで観る事ができました。
 私自身は学生運動には完全に乗り遅れた世代ですが、それでも何となくあの時代の残り火のようなものを感じながら学生生活を送っていました。本作は、そんな時代の空気を濃厚に詰め込んで、息苦しささえ感じる映画となっていました。ある程度退屈と困惑と後に尾を引く後味の悪さを覚悟してみるべき映画である、と申し上げておきます。

『2011年日本映画

監督:山下敦弘
脚本:向井康介
原作:川本三郎マイ・バック・ページ

キャスト
妻夫木 聡/松山ケンイチ
忽那汐里石橋杏奈韓英恵/中村 蒼
長塚圭史山内圭哉古舘寛治あがた森魚三浦友和

1969年。理想に燃えながら新聞社で週刊誌編集記者として働く沢田(妻夫木 聡)。彼は激動する“今”と葛藤しながら、日々活動家たちを追いかけていた。
それから2年、取材を続ける沢田は、先輩記者・中平とともに梅山(松山ケンイチ)と名乗る男からの接触を受ける・・・・・・。

「銃を奪取し武器を揃えて、われわれは4月に行動を起こす」

沢田は、その男に疑念を抱きながらも、不思議な親近感を覚え、魅かれていく。
そして、事件は起きた。「駐屯地で自衛官殺害」のニュースが沢田のもとに届くのだった――。(AMAZON解説より)』

 ベトナム戦争への反対運動、70年安保闘争、それを象徴する安田講堂事件。その余熱がまだ残っていた頃に突発した「赤衛軍事件」と呼ばれる、自衛隊朝霞駐屯地自衛官殺害事件がこの映画のモデルとなっています。

 その赤衛軍なる新左翼セクトの胡散臭さをこの映画は赤裸々に描いています。松山ケンイチ演じる梅山(偽名)という新左翼の行動は革命と言うには程遠く、声高く語る高邁な理想とは裏腹に嘘と欺瞞とエゴに満ち、自衛官殺人事件で逮捕されてからの自己弁護も見苦しい事この上ない。

 それを東大出の一流新聞社(もろに朝日新聞と分かりますが)の社員、妻夫木聡演じる沢田が何故見抜けないのか?否、おそらくは半ば気がついていてそれでも彼へのシンパシーを捨てきれないのか?
 これは映画だからで片付けられない問題です。現実に原作者である川本三郎が陥ってしまった陥穽であり、その為川本は朝日新聞社を懲戒解雇、実刑(執行猶予付き)を受けているのですから。

 映画では二人が打ち解けて交流が深まるきっかけは、沢田の自宅の離れで二人が趣味について語りあう場面でした。お互いにCCRクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)が好きであると分かり、梅山が沢田のギターを借りて「雨を見たかい」を弾き語り、そして梅山が沢田の書棚から宮沢賢治銀河鉄道の夜を取り出して好きだと語る。
 この映画の中でも穏やかで暖かい雰囲気の良い場面だったと思います。逆に言えば、梅山側に立てば、たかがそれだけのことでも人を篭絡できる、という手練手管を心得ていたのかもしれません。

 とにもかくにもこの不思議な親近感を沢田はいい様に利用され、結果的に一人の自衛官が何の咎もなく殺されるという陰惨な事件が起こってしまいます。それでも梅山をかばい続ける沢田の行動にはもちろん彼なりの論理があります。しかしそれも新聞社上層部にあっさり否定され、「新聞はそんなに偉いんですか!?」との必死の抗議も、社会部部長白石を演じる三浦友和

そうだよ、新聞は偉いんだよ

と、一言で切って捨てられてしまいます。この三浦友和の演技は鳥肌ものでしたね。それまで長時間つき合わされてきた梅山、沢田の行動なり思想なりが、「大人」の世界から見れば児戯に等しい稚拙なものだと思い知らされる、寸鉄釘をさすような凄みのある台詞でした。

 このような「敗北」の映画ですから、後味は決して良くありません。が、一本の映画としてみれば実に丁寧に作られていたと思います。監督の山下敦弘、脚本の向井康介ともにこの時代には生まれてさえいない世代ですが、プロデューサーから原作本を渡され、、3年間かかって構想を煮詰めたそうです。それだけのことはあって冒頭にも述べたように内容は濃厚ですし、セットやファッションなども本当に忠実にあの時代を再現しています。

 俳優陣の熱演も特筆に価します。特に松山ケンイチの役への入れ込み様は見事、うすっぺらい新左翼の虚勢の演技には凄みさえ漂っていました。それに比べると妻夫木聡の役割は常識人である分、おとなしめの演技であるため損をしている感じはありました。ただ、ラストシーンで泣く場面には、それまでにある伏線がある分だけほろりとしてしまいました。脇を固める俳優陣も堅実でした。先程述べた三浦友和もさることながら、明らかに滝田修がモデルと思われる京大全共闘議長役の山内圭哉の怪演がとりわけ強く印象に残りました。

 陰鬱な後味の悪い映画だと最初に述べておきながら随分熱く語ってしまいましたが、それだけ優れた映画だったのかな、と今は思います。あの時代を知らない世代の方にも、決して理解しろとは申しませんが政治が混迷を深める今だからこそ一度は見ておいて欲しい映画であると思います。

評価: B:秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)