ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

八日目の蝉

八日目の蝉 通常版 [DVD]
 本年春に公開された話題作「八日目の蝉」、残念ながら公開時に観られず以前から気になっていたのですが、ようやく観ることができました。147分と少し長いのですが、俳優陣の好演、見事な演出・カメラワークなどがあいまり、見終わった後に深い余韻を残す素晴らしい作品となっていました。

『 2011年、日本映画

原作:角田光代
監督: 成島出
脚本: 奥寺佐渡

出演: 井上真央, 永作博美, 小池栄子, 森口瑤子渡邉このみ

今日まで母親だと思っていた人が、自分を誘拐した犯人だった。
1985年に起こったある誘拐事件―。
不実な男を愛し、子を宿すが、母となることが叶わない絶望の中で、男と妻の間に生まれた赤ん坊を連れ去る女、野々宮希和子と、その誘拐犯に愛情一杯に4年間育てられた女、秋山恵理菜。
実の両親の元へ戻っても、「ふつう」の生活は望めず、心を閉ざしたまま21歳になった恵理菜は、ある日、自分が妊娠していることに気づく。
相手は、希和子と同じ、家庭を持つ男だった。過去と向き合うために、かつて母と慕った希和子と暮らした小豆島へと向かった恵理菜がそこで見つけたある真実。
そして、恵理菜の下した決断とは・・・?(AMAZON解説より)』

 冒頭、暗い背景の中に森口瑶子の顔が浮かび上がり、滔々と娘を誘拐された悲しみ、恨み、怒りを陳述します。それでこれが裁判所の証言台で誘拐された母親の証言シーンだと分かります。そして、次に被告人である愛人役の永作博美が意見陳述を行いますが、母親とは対照的に達観したかのような落ち着いた態度で、謝罪の言葉ではなく

「この3年間を与えて下さったことに感謝します」

と申し述べるに及び、傍聴人席の母親が怒り狂って「死ね、死ね」と泣き叫びます。
 この後にどのような展開が待ち受けているのか、観るものに強い緊張感を与える良く考えられた導入部だと思います。脚本の奥寺佐渡は「サマーウォーズ」の脚本も書いていますが、あの導入部も見事でしたね。

 原作では誘拐犯野々宮希和子の章と、誘拐された子ども秋山恵理菜の20年後の章の二部に分けられていますが、映画では平行して描かれます。これも映画手法としては納得できるものですし、双方の最終場面となる小豆島のフェリーターミナルへ物語が収斂されていく展開は感動的です。

 このように二つの時代の出来事が平行して描かれるため、様々なシーンが交錯してやや煩雑な部分、冗長な部分もありますが、ベテラン監督の成島出は丹念に一つ一つの場面を演出していきます。
 そしてその中でも最も重点をおき、最も観客の心に染み入るような演出をしているのが、誘拐犯永作博美と誘拐されたと知らず母と慕う子ども渡邉このみの小豆島での幸せな生活です。
 見終わった後、冷静に客観的に考えれば、してはならないことを行い、不倫相手の家族を絶望のどん底に追いやり、さらにはその後の子どもの人生にまで暗い影を落とし、憎まれ続けることになる、擬似親子生活です。それをこの映画で最も安堵と平和に満ちたシーンとして描き、小豆島の海や山の風景や祭りのシーンもこの上なく美しく撮られ、私たちの心に深く染み入ってくるように演出したのか。最後にそれは分かるわけですが、実に巧みな構成だと思いました。

 このよく練られた脚本と丹念な演出に応える俳優陣も見事。その中でも特筆すべきはやはり、私の好きな女優の一人、永作博美。逃亡のため自らの毛髪を大胆にカットするというシーンで役者魂を見せつけ、その後も「人のセックスを笑うな」で見せたような彼女の持ち味とも言うべき小悪魔的な色気を封印した擬似母の演技は、最後の逮捕別れのシーンまで素晴らしいものでした。
 20年後の主役である井上真央も笑顔を封印し、普通の家族生活を送れなかった心の傷を引きずったままかつての誘拐犯のように不倫相手の子どもを身籠ってしまう大学生の役を見事に演じきっていました。この方の映画は「ダーリンは外国人」しか見たことがなかったですが、間違いなく彼女の代表作の一つとなるでしょう。
 その他、被害者でありながらヒステリックな演技で観客にかえって不快感を与えてしまう損な役回りを臆せず演じた森口瑶子井上真央にジャーナリストとして近づくが実は過去に接点のあった謎の女性を、歩き方、しゃべり方に工夫を凝らして個性的に演じる小池栄子、日本を代表する演技派女優で今回は文字通り「怪演」を見せる余貴美子、愛くるしい演技で涙を誘う子役の渡邉このみちゃんなど。女性ばかりですね(w、まあこれはこの映画のテーマからして必然でしょう。母性という重いテーマの前では男は添え物に過ぎないですね。

 あと、特筆しておくことはやはり小豆島の風景を物語に見事に溶け込ませた、ロケのカメラワークでしょう。海や山、棚田、人々の営みや祭り、行事等々を光と影の陰影も鮮やかに見事に描ききっていて必見です。
 それと音楽、ジョン・メイヤーの挿入歌「Daughters」が誘拐のシーンで効果的に使われていたのが印象的でした。

 物語のクライマックスで、現像液に浸けられた印画紙に浮かび上がる二人のポートレイト写真。蘇る封印された記憶。辛く暗く重い過去を背負ってきた主人公に一条の光が差し込む。これこそが七日間という寿命を超えて空っぽになってしまったと思い込んでいた八日目の蝉が見た美しいなにかだったのでしょうか。深い余韻の中でいろいろな思いが脳裏を交錯する、素晴らしい演出、脚本、演技。今年を代表する邦画の一つであると思います。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)