ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ヒアアフター

ヒア アフター ブルーレイ&DVDセット(2枚組)【初回限定生産】 [Blu-ray]
 私の好きな監督クリント・イーストウッドの最新作「ヒアアフター」です。冒頭に津波のシーンが出てくるため、残念ながら3月11日の大地震を受けて公開中止となってしまいました。もちろんそのことは十分に理解はしているのですが、映画自体の評価は高く、見逃した事を残念に思っておりました。今回DVDのレンタルが始まり、早速観てみました。イーストウッドらしく、奇を衒わずに静かな感動を呼ぶ良い映画でした。

『2010年アメリカ映画

監督・製作・音楽: クリント・イーストウッド
脚本: ピーター・モーガン
撮影: トム・スターン
美術: ジェームズ・J・ムラカミ

出演: マット・デイモン, セシル・ド・フランス, ブライス・ダラス・ハワード, ステファーヌ・フレス, マルト・ケラー

巨匠クリント・イーストウッドが、死後の世界にとらわれてしまった3人の人間の苦悩と解放を描いたヒューマン・ドラマ。サンフランシスコに住む元霊能者で肉体労働者のジョージ、臨死体験をしたパリ在住のジャーナリスト・マリー、兄を亡くしたロンドン在住の小学生マーカスの3人が、互いの問いかけに導かれるようにめぐり会い、生きる喜びを見出していく姿を描く。(映画.comより)』

 「グラン・トリノ」では古き良きアメリカの衰退に自らの死を重ね合わせたイーストウッドですが、今回ピーター・モーガンが持ち込んだ脚本を受けて描いたのは、「死後の世界、来生ヒアアフター)」と向き合う事になった3人の人生でした。

 スマトラ沖大地震による津波に飲み込まれた際に臨死体験で死後の世界を垣間見たフランス人女性マリー(セシル・ド・フランス)。パリに戻ってもその事が頭を離れず、美人ニュースキャスターとして順風満帆だった彼女の人生は狂い始める。

 サン・フランシスコの工場労働者ジョージ(マット・デイモン)には、死後の世界とコネクトできる才能があり、兄がマネージャーとなりそれを職業としていたが、嫌気がさしてやめてしまった。しかし突然リストラの憂き目にあってしまったジョージは、仕方なくまた兄と組んで死者と交信する仕事をせざるを得なくなるが。。。

 ロンドンの貧民街で、麻薬中毒の母と暮らす一卵性双生児のマーカス(ジョージ・マクラレ)とジェイソン。ある日、兄のジェイソンが突然の交通事故で死んでしまい、深い喪失感に襲われるマーカス。大好きな母も麻薬中毒治療センターに入る事になり、里親に預けらる事になるが、心を開く事ができず、死んだ兄と話したくてたまらずにインターネットで霊能力者を探し出しては接触するが、誰も彼も偽物ばかり。

 冒頭の津波シーンこそCGをフル活用してパニック映画並みの迫力で描かれています(公開中止も止むを得ないなと納得できるほど)が、その後はパリ、サン・フランシスコ、ロンドンでの三者三様の人生を、派手な演出もなく、奇も衒わずに、丹念にイーストウッドは描いていきます。
 それはストイックと言ってもいいほどで、死後の世界も逆光の中に死者のシルエットが浮かぶ程度のものですし、マット・デイモンの交信の仕方も、マーカスが出会う偽者の霊能力者とは対照的に、ごくシンプルな方法で行われます。この映画は死後の世界を面白おかしく見せる事が目的ではないのだという強い信念を持って演出しているのでしょう。

 ただそれだけに、やや冗長で中だるみしているきらいがないでもありません。いずれ3人がどこかで出会い、何かが起こるのだろうということは予想がつきますが、それまで多少我慢が必要な映画ではあります。まあそのあたりはイーストウッドを信用して辛抱強く見ていただくしかありません(笑。

 最後の舞台となるのはロンドン。3人がどういう風に出会い、何が起こるのか。決して派手な演出はありませんし、むしろやや物足りないほどですが、観終わった後でじわりじわりと感動が胸に沁みてくる演出となっています。イーストウッド自らが手がける音楽も、今回は非常に抑制の聴いた美しく静かな旋律で素晴らしい。

 「インビクタス」に次いで主演するマット・デイモン他、キャストも皆イーストウッドの意図に良く応え、死後の世界に関わるテーマでありながら現実世界での人間模様を違和感なく巧く演じています。ちなみにセシル・ド・フランスという女優さんは初めて見ましたが、とても魅力的な方ですね。

 というわけで、ストーリーテリングの面白さ、意外性やアクションといったいわゆるハリウッドらしさとは無縁の映画ですので、今回はやや冗長な分、好き嫌いは分かれるのではないかと思います。が、個人的にはイーストウッド映画にハズレ無し、と納得しました。

 津波のシーンはやはり見るのが辛い方も多いと思いますが、死という不可避な事実に向き合い、生というものの喜びを再発見するという、真摯なテーマの映画ですので、多くの方にご覧いただきたいと思います。

評価: B: 秀作
((A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)