ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

127時間

127h
 「スラムドッグ$ミリオネア」の監督ダニー・ボイルと脚本家サイモン・ボーフォイが再び組んだ最新作「127時間」を観てきました。実在のベテラン・ロッククライマーが遭遇した実話に基づいた映画なのですが、そのシチュエーションが非常に単純であり結末も分かっているとなると、TVバラエティの15分程度の再現ドラマならともかく、一本の映画として成立するのか?半信半疑ではあったのですが、さすがダニー・ボイル、素晴らしい出来栄えでした。

『2010年 アメリカ、イギリス合作
監督:ダニー・ボイル 
原作:アーロン・ラルストン『奇跡の6日間』 
脚本:ダニー・ボイルサイモン・ボーフォイ 

キャスト:ジェームズ・フランコ アンバー・タンブリン ケイト・マーラ

登山家アーロン・ラルストンが体験した実話を監督ダニー・ボイルジェームズ・フランコ主演で映画化したサスペンスドラマ。03年、当時27歳だったアーロン(フランコ)は一人でユタの険しい谷へロッククライミングに行くが、誰も通りそうにない谷間で落下し、右手を岩に挟まれてしまう。そこから5日間、身動きの取れなくなったアーロンは必死に脱出をはかるが……。ボイル監督とともに脚本を手がけたのは「スラムドッグ$ミリオネア」のサイモン・ビューホイ。(映画.com等より)』

 まず序盤で主人公アーロンが週末クライミングの準備をしているシーンから伏線は巧妙に張られます。高いところにある戸棚に置いてある携帯電話を手探りで探し、観客が観れば触れてさえいるのにあきらめてしまう。電話が煩わしいので留守電にしてかかってきても出ない。勤務先の店長に週末はまた出かけるといいつつ行く先は言わない。

 つまり、もし彼が人っ子一人通らないような場所で遭難すれば全く通信手段も無ければ、周囲の者も探しようが無いであろう事が観客には分かります。

 しかしその後いきなり緊張が高まるかといえばさにあらず、一日目の土曜日のユタの渓谷の絶景と抜けるような青空の下をMTBで軽快に目的地に向かうアーロンの姿は実に軽快。そして、迷子になった若い女性二人組みの道案内を買って出て、目的地のスポットのベテランならではの特別な楽しみ方を教えて遊びに興じる三人の姿は幸せそのもので恋さえ芽生えそうな雰囲気です。これだけお膳立てしておけば、その後降りかかる災難の悲惨さが否が応にも強調されます。

 が、ここから状況は一転。「明日に向かって撃て」のブッチ&サンダース一党の料理人の名前を取ったブルー・ジョン・キャニオンの長大なクラックに誤って巨岩とともに落ちてしまったアーロンは右手を岩と壁の間に完全に挟まれ身動きが取れなくなってしまいます。手のひらの骨は完全にくだけているでしょうし、岩から一本だけ出ている親指はみるみるうちに血の気が引いていきます。

 ここから長い長い格闘が始まります。と言っても主人公は岩を手に挟まれ立ちっ放しで移動は不可能。先に述べたように連絡方法皆無で誰も助けには来ません。ベテランゆえか、装備も最小限。持っているものといえば500mlの水筒、なけなしの非常食、ザイル、五徳ナイフ(それも中国製の粗悪品、スイス製にしときゃよかったなんて愚痴まで出てきます)、そしてCanonのデジタル・ムービー・カメラくらいのもの。

 一体これだけでどう助かれと言うのか?そして映画的にいえばこの状況の127時間をどう商業映画にしたてようと言うのか?殆ど不可能に思える究極のシンプルな極限状況を、ダニー・ボイルサイモン・ボーファイは見事に観客を惹き付けて離さない映像にしてしまいました。まだ公開されたばかりなのでネタバレはやめておきますが、観るものを唸らせる細かい演出の数々。見事なカメラワーク。主人公を演じるジェームズ・フランコの原作者になりきったかのような迫真の演技。デジタル・ムービー・カメラの効果的な使い方。

 さて、本題に戻りますが、万策尽き果てて壁に自分の墓碑銘まで彫った主人公がどうして助かったのか?岩が動かない以上、できることは一つしかないのは素人でも分かります。しかし、それを生身の人間が本当に決断できるのか?実行できるのか?助かった以上、彼は本当にやってしまうわけですが、このシーンにはその方面の映像には職業上免疫ができている私でさえ、心臓がバクバクしてしまいました。

 ラストシーンもなかなか憎い演出をしていますが、それより驚いたのは原作者本人が4年後に結婚し一時を設けてからも、クライミング、渓谷探検(Canyoneerと記されていました)をやめなかったことですね。ただし、必ず行く先を告げてから出かけたそうです。当たり前やろー(苦笑。

 最後に巧みな音楽の演出効果も書いておきましょう。最初のうちにガンガンバスブーストの効いたロック音楽を流しておいて、二人組みの女性の一人に「フィッシュを聴く男なんてもてないわよ」と言わせる諧謔、途中効果的に挟まれるクラシックの美しさ、更にはSigur Rosの「Festival」で大団円にもっていくところなど、憎いほどの選曲の見事さでした。

 以上、ダニー・ボイルの手腕と殆ど一人芝居と言ってもよいジェームズ・フランコの熱演で素晴らしい映画となっております。ただ、決してのほほんと楽しむ娯楽映画ではなく、玄人筋を唸らせる映画なんだろうと思います。

評価 B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)