ゆうけいの月夜のラプソディ

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武士の家計簿

武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]
 先日娘が時代劇の勉強と称して「壬生義士伝(2003年、滝田洋二郎監督)」を観ておりました。何気なく横から覗くと、沖田総司役で堺雅人が出ていました。彼には若手成長株というイメージがあったので、この頃既にこんな重要な役どころを演じていたのか、と少々驚きました。ということは彼も立派な中堅どころですね。そんな彼の去年の主役映画の一つである「武士の家計簿」がレンタル開始になったので早速観てみました。

『2010年 日本映画
監督: 森田芳光
出演: 堺雅人, 仲間由紀江, 松坂慶子, 中村雅俊, 草笛光子

幕末から明治。激動の時代を智恵と愛で生き抜いたある家族がいた-
代々加賀藩の御算用者(経理係)である下級武士の猪山直之(堺雅人)は、稼業のそろばんの腕を磨き出世する。しかし、親戚つき合い,養育費、冠婚葬祭と、武士の慣習で出世のたびに出費が増え、いつしか家計は火の車。一家の窮地に直之は、”家計立て直し”を宣言。家財を売り払い、妻のお駒に支えられつつ、家族一丸となって倹約生活を実行していく。見栄や世間体を捨てても直之が守りたかったもの、そしてわが子に伝えようとした思いとは-。世間体や時流に惑わされることなく、つつましくも堅実に生きた猪山三世代にわたる親子の絆と家族愛を描いた物語。(AMAZON解説等より)』

 奇しくも壬生義士伝と同じ江戸末期から明治初期にかけての物語であり、主役の二人とも地方の藩の下級武士であり、鳥羽伏見の戦いも扱いの大きさの差はあれ、出てきます。違うのは刀でのチャンバラシーンや戦闘シーンがまったく出てこないこと。宣伝でも「刀ではなく算盤で幕末を生き抜いた男の物語」というフレーズを良く見聞きしました。

 しかもこの話は歴史学者磯田道史氏の『武士の家計簿加賀藩御算用者」の幕末維新』という著書をもとにしており、映画冒頭で事実に基づく話であるとクレジットされていました。
 加賀藩の「御算用者」を担っていた猪山家。その8代目・猪山直之が主人公で、これを堺雅人が演じています。この「ご算用者」の仕事ぶりの描写が面白く、たしかに「刀ではなく算盤」で藩を支え、生計を立てていた武士がいたのだな、と興味深かったです。
 そして当然のごとく汚職するものもあり、飢饉の際に農民たちに払い下げる米の中抜きをして二重帳簿でごまかす、などということも行われていたようです。実直だけが取り柄の主人公はそれを発見し上司に報告しますが逆に疎ましがられ、輪島への左遷がほぼ決定的になります。ところが一揆が起こり、汚職組は一掃され、主人公は思わぬ出世を果たします。

 このあたりの描写は軽快で、ベテラン森田芳光監督もまだまだ腕は衰えていないな、と感心して見ておりました。が、この映画の主題はそこにはありません。主人公が嫁を娶って間もなく、一家が借金まみれで経済的窮地にある事が判明、今度は算用係としての腕を自らの家に振るうことになります。骨董や着物などの趣味、下級武士としては贅沢な食事等、体面を重んじてきたというか、のほほんと暮らしてきたというか、危機感のまるでなかった父母の狼狽振りはこの映画の見せどころの一つで、おおらかな笑いを誘います。

 不要不急の家財道具、高価な嗜好品、その他売れるものは売り払い、残った借金を10年払いに談判するあたりの直之の手腕、息子の4歳の祝いの「見せ鯛」などの倹約振り、息子への厳しい算盤修行、櫛にまつわる夫婦愛のエピソードなど、まるで江戸時代のホームドラマを見ているよう。さすが「家族ゲーム」を撮った森田芳光、このあたりは快調そのもの。

 しかし、父母、祖母が次々と他界し、息子は成長し、算用係にはなるものの幕末動乱の時期に入って父に反発、兵隊として京都に出征するあたりからやや面白みは薄れていきます。息子が大村益次郎に「算用者」としての腕を買われるという皮肉な展開が面白いと言えば面白いですが、それ以外は時代の流れ世代の交代が淡々と描かれ、父は死に、息子は明治政府で重職につき、話は終わります。

 もちろん実話を基にした、それも教養書が原作なので、壬生義士伝のような波乱万丈、感涙を絞るストーリーを期待するわけにもいきませんし、ホームドラマ的に観ると良くできていると思います。算盤侍という新しい形の時代劇を作ったことも評価に値すると思います。それ故後半の処理にあと一工夫何かあればな、と思いました。

 以上、主人公の堺雅人はもちろん、妻の仲間由紀恵、父母の中村雅俊松坂慶子とも自分のカラーを出しつつも役柄を巧く演じていただけに、尻すぼみが惜しい一作でした。

評価: C:佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)