ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

死にゆく妻との旅路

Tabiji
 5月で閉館が決まった三宮シネフェニックスで公開中の「死にゆく妻との旅路 [DVD] 」を観てきました。奇しくも「春との旅」に続いてのロードムービーの紹介となりますが、これもまた現代日本の世相の一断面を切り取った、しかも実話に基づいた作品です。三浦友和石田ゆり子の熱演を通して本当に痛切な哀しみが伝わってきて、こみ上げるものを押さえきる事ができませんでした。このような時期ではありますが、是非多くの映画ファンに観ていただきたいと願って止みません。

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『2011年  日本映画 
 
監督: 塙幸成
原作: 清水久典
脚本: 山田耕大

キャスト: 三浦友和石田ゆり子、他

'99年12月2日、ひとりの初老の男が逮捕された。罪状は“保護者遺棄致死“。男は、末期癌の妻と1台のワゴン車に乗り込み、9ヵ月もの間、日本各地をさまよっていた。だが、その事件の裏には、報道されなかった、夫婦の深い愛の物語があった……。監督は『初恋』の塙幸成が務め、死を見つめながら旅を続ける、ふたりの9ヵ月にわたる足跡を精緻に描く。(ピア映画生活より)』

死にゆく妻との旅路 (新潮文庫)  
 原作本の著者(清水久典氏)紹介にはこう書いてあります。

「1947(昭和22)年、石川県生れ。中学卒業後、’63年から縫製会社に勤務。以後、高度成長期を縫製業一筋に生きる。やがて、自分の工場も経営するようになるが、中国製の安価な製品におされて経営は傾き、借金を背負う」

 映画冒頭のキャプションによると借金は総額4000万円に膨れ上がり、しかも親戚中に保証人になってもらっている事から、姉は強硬に自己破産を勧めます。そんな折も折り、一回り年下の妻ひとみさんが大腸癌を手術、しかも末期であと3ヶ月程度の命であると告げられます。
 普通なら自己破産し、娘夫婦の世話になりつつ、妻の病院通いに付き合いその最期を病院か施設かで看取るところでしょう。ところがこの夫婦はそういう手段をとらずに、なんと手元にあったなけなしの所持金50万円を手に、水色のボンゴで旅に出たのです。
 夫には自己破産はかっこ悪い、手当たり次第に行く先々の町で職安に駆け込めばどこかの町で職につけるだろうという、どちらかといえば逃げの姿勢があり、一方の妻にはそれまでの夫婦生活であまりかまってもらえず、大腸癌の手術で入院中にも金策に駆けずり回っていた夫が3ヶ月も姿を消しており、ずっと寂しい思いをし続けてきた、もうこれからは絶対に離れ離れになりたくない、病院へも絶対行きたくない、という強い願いがありました。

 このような奇妙な思惑の一致で旅を始めた二人ですが、今のご時勢どこの職安でも50過ぎでは求職があろうはずもなく、二人の車中泊の旅は故郷北陸から丹後、但馬、姫路、鳥取、神戸、静岡、山梨と続いていきますが、この前半は妻がまだ元気なのでむしろ微笑ましいくらいです。東尋坊鳥取砂丘、姫路城、明石大橋神戸ポートタワー、三保松原などの風景やSATYでの買い物が描かれるシーンなどは、妻の癌が少しは暗い影を落としてはいるものの、それなりに楽しい夫婦旅行のようです。

 車中で二人きりというシチュエーションの中で、今までの生活では失われかけていた夫婦の絆を二人は徐々に取り戻していきます。妻は親しみを込めて夫を「オッサン」と呼び続けますが、一方で自分のことは「お母さん」ではなく「ひとみ」という名前で呼んでほしいと頼み、散髪も夫にしてもらい、どこへ行くにも夫と二人である事を無邪気に喜んでいます。実際の出来事ではありますが、塙監督はこの当たりを実に丁寧に、しかもある程度オブラートに包んで柔らかく見るものに提示してくれます。

 そしてこのあたりの石田ゆり子の表情や仕草、セリフの語り口はとても素晴らしい。「北の零年」、「おとうと」や「誰も守ってくれない」では綺麗な人だなという印象はあっても正直なところそれほど気になる女優さんではありませんでしたが、これほど柔らかく自然体の演技で主役を張れる方だとは、不覚にして思っておりませんでした。
 一方で職探しに苛立ち、妻との接し方に戸惑いながらも彼女への愛を深めていく三浦友和の演技も良い。度々名バイプレーヤーになったと称賛してきましたが、主演としても十二分に称賛に値する演技です。

 さて後半、結局北陸に戻りながらも故郷へは帰れず、転々とそのあたりの海岸沿いで生活するようになってから、雰囲気は次第に重くなっていきます。妻の癌の再発が明らかになり、日に日に弱っていくのを目の当たりにし夫の悩みは段々と強くなっていきます。それでも妻は病院行きを拒み続け、一度などあまりの痛みにのた打ち回るので救急病院へ駆け込みますが、その時でさえ妻は入院を拒絶し、逃げるように二人は病院を去ります。
 段々とやせ細っていき、食事が咽喉を通らなくなり、車から出ることさえできなくなっていく妻。石田ゆり子はこの後半の演技に備えて計画的に体重を落としたそうですが、前半と打って変わって本当に壮絶な演技でした。取り上げたいシーンは多々ありますが、例えば紙オムツを嫌がり車中で夫に抱えられ小便をすませるシーンには涙を禁じ得ませんでした。勝手な想像ですが、彼女にとってこの映画は忘れがたい代表作の一つとなったと思います。

 272日間の旅、走行距離6000kmの末に「もう一度東尋坊を見たい」という妻の願いをかなえるべく夫は車を走らせますが、妻の願いは叶うことはありませんでした。結末は「保護者遺棄致死」と言う言葉で十分想像していただけると思います。画面を通して十二分に彼等二人に感情移入している時点での手錠はあまりにも酷に思え、

「二人でいることが、なぜ、罪になるのですか?」

というキャッチコピーが綺麗事ではなく、本当にそのとおりだと思わせます。ラストシーンでの三浦友和の号泣、これには泣かされました。彼の映画人生でも最高の演技の一つではないかと思います。

・この生き方が間違っていたとは言えないし、正しいとも言えない。 -三浦友和

・こんなにも人を愛することが出来るなんて、素晴らしいと思いました。 -石田ゆり子

・極めて普通の市井の人の、愚かしいほど純粋な選択 -塙幸成(監督)-

 私は職業上この夫の行為を是認するわけにはいかない筈ですが、三浦氏の言うとおり「この生き方が間違っていたとは言えないし、正しいとも言えない。」と思いますし、「病院へ行く事により夫と離れ離れになるのは絶対にもう嫌だ」という妻の健気な意思をいとおしいと思います。
 なお原作本ではその後の経緯も細かく語られていますので、是非読んで頂きたいと思います。

 おそらく今年見た、そして今後見るであろう多くの映画の中でも五指に入る一本であると思います。今年初めてこの評価を出したいと思います。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)