ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

春との旅

春との旅【DVD】
 ロード・ムービーと言うジャンルがあり、邦画でもいくつか傑作があります。去年公開された「春との旅」も仲代達矢の畢生の名演によりその一つとして挙げられる傑作となった、と言う評判でした。DVDが出るのを楽しみにしていたのですが、今回ようやく観ることができました。全編オールロケで撮られており、北海道、東北地方が描かれております。今回の東日本大震災の被災地も含まれており、複雑な思いで鑑賞しました。

『2010年 日本映画

原作:小林政広春との旅」(毎日新聞社刊)
監督・脚本:小林政広

キャスト
仲代達矢徳永えり大滝秀治菅井きん小林薫、田中裕子、淡島千景柄本明、美保純、戸田菜穂香川照之

ある日、突然――ひとりの老人が家を捨てた。孫娘、春があとを追った…。(AMAZON解説等より)』

 仲代達矢演じる老人・忠男はかつてニシン漁に湧いていた頃の夢を捨てきれず、今ではすっかり寂れきってしまった北海道の漁村に住みつづける偏屈な老漁師。自身は左足が不自由となり、妻には先立たれ、一人娘は離婚後に自殺し、残された19歳の孫娘・春(徳永えり)に頼って日々の生活をあばら家でおくる始末。その春が、地元小学校の廃校によって失職したため上京したいと忠男に告げた事からこの話は始まります。
 公立老人ホームは何百人待ち、私立の豪華なホームに入る多額の資金などあるはずも無い。。。まるで先日紹介した「無縁社会」を絵に書いたような状況です。

 春をいつまでも束縛できない事は良く分かってはいるものの、偏屈で短気な忠男は、東北の兄弟姉の居候になると言って家を飛び出します。責任を感じた春は必死におし止めますが聴く耳持たぬ忠男、結局春もなけなしのお金を持って旅を共にする事になります。

 居候になるとは言ったものの、その偏屈な性格のせいですっかり疎遠になってしまった兄弟たちがすんなり受け入れるわけがありません。それに加えて彼らにも受け入れるに受け入れられない事情もあります。このあたりバブル期が遠い昔になってしまい、高齢者に不況が暗い影を落とす東北地方の状況が丁寧に描かれています。

 さて、実りのない旅、わがままな祖父に振り回され散々な苦労をする春ですが、少しずつ彼女の心にも変化がおこっていました。一見邪険に扱われたり、説教を喰らったりする祖父ですが、実は兄姉弟たちの間には心の底で通じ合うものがあるということを感じとり、自分を捨てて家を出た父(香川照之)に会いたくなっていたのです。

 長い旅は再び北海道に戻り、父の暮らす静内へ向かいます。今まで胸に秘めていた思いのありたけを父にぶつける春、これまで断わられ続けてきた同居を今まで縁もゆかりもなかった義理の息子の今の妻から申し出られ、嬉しくも戸惑う忠男。
 結局二人の意見は一致し、そっと父の家を去り故郷に戻る事にします。その夜父の家の近くの蕎麦屋でひたすら蕎麦をすすりながら自分の娘が妊娠して相手(香川照之)の両親に挨拶をしにきて、冷たくあしらわれた時のことを朴訥と春に語る忠男。ラスト近くのハイライトシーンです。

 と、物語をこのように追いかけてみると実に味わい深いロードムービーであったと思えてくるのですが、実を言いますと妙に感動しない映画でした。脚本も良く練られているし、主演二人の演技には鬼気迫るものがあるし、大滝秀治田中裕子淡島千景柄本明香川照之といった面々の演技が悪うはずもありません。演出・映像・音楽も水準以上。
 では何故なのか?本当に不思議ですが、個々のエピソードが均等に扱われすぎてオムニバス映画的な印象を受けること、感情のぶつかり合いが通り一遍でやや浅めであること、先が大体読めてしまうことなどが主な理由かなと思います。
 後は忠男への感情移入のしにくさ。ちょっとユーモラスなところもあって憎めない男ではあるのですが、あまりにも自分勝手で春が可哀想になってしまうところがあり、その心の奥底を覗かせるのが先ほども述べたように最後の最後であるところなどがややもどかしい。

 ラストシーンも殆ど予想通り。映画擦れしていると言われそうですが、あれで泣かせるというのはもうカビが生えたように古い。

 以上悪くないロードムービーであると思いますし、無縁社会高齢化社会への問題提起へもなっている秀作であると思いますが、あと一抹の感動させるスパイスとストーリーの起伏があればなあ、と惜しまれる一作でした。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)