ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

無縁社会

無縁社会
 彼岸の中日に悪趣味な、と言われそうな気もしますが、NHKで昨年放映され大きな話題を呼び流行語にもなった「無縁社会」です。私も断片的に観ていてある程度は知っていたのですが、今回書籍化されたのを機にその全体像を読んでみました。まずはNHK取材班の問題提起と地道な努力に敬意を表します。

『2010年1月に放送されて大反響を呼び、菊池寛賞を受賞したNHKスペシャルの書籍化です。身元不明として官報に「行旅死亡人」と告知された男の意外な人生、家族に引き取り拒否された遺体の行方、孤独死の現場を整理する「特殊清掃業者」など、急増する無縁死の周辺で起きている衝撃の事実を丹念に取材。家族や地域の絆が崩壊しつつある現代社会へ警鐘を鳴らします。(AMAZON解説より)』

 今回の東日本大震災の死亡者は既に7000人を超え、不明者も合わせると2万人に迫る日本の災害史上最大の大惨事となりました。一度にそれだけの犠牲者が出ると日本中上を下への大騒ぎになるのは当然ですが、本書に出てくる「行旅死亡人」は市井の片隅で、それも往々にして誰にも看取られずひっそりと亡くなっていきます。
 しかし、その数がNHK取材班が調べ上げただけでも全国で3万2千人にのぼるとなると、それはそれで衝撃的な事実であり、社会問題と呼んで支障ない数であると思います。

 自殺死亡者が年間3万人も出る国は異常であると「しのびよる破局」において辺見庸も述べていましたが、それに匹敵する人数が「不明者」として遺骨を引き取られる事も無くなっていく。何と言う荒涼たる風景。。。

 ここで個人的なことを述べさせていただくと、「行旅死亡人」と私の職業は決して無縁ではありません。この職業について30年余、多くの身元不明者が救急搬送され、そしてそのうちの何割かの方々は亡くなられました。そしてこの書に出てくるようにその人々の背景も昔に比べて随分様変わりしてきたように感じています。
 昔は大抵が社会からの「はぐれ者」、まともな職業につかず親兄弟から絶縁され放浪の末に病に倒れて運ばれてくる、というパターンが殆どでした。それが現在では随分様相を異にしてきています。例えば建設現場の寮に住み込み真面目に働いていて一応名前も分かっている人が、いざ病に倒れて入院してみると誰一人として身寄りが無い、または連絡が取れない、と言うようなケースが随分増えてきています。そのような極端な例でなくても、外来通院している方で一人暮らしをされておられる高齢者が随分増えています。

 もちろん3万人の中には今でも「はぐれ者」的な死も多いでしょうけれども、本書で取り上げられる孤独死例は高度成長期をコツコツと真面目に働き続けていたにも関わらず粗末な一人暮らしの部屋で、場合によっては死後何日間も発見されずに、亡くなられています。

 本書ではそのような無縁社会を「大家族制」から「核家族化」更には「単身化」という家族構造の変化から分析したり、戦後の個人主義の浸透や女性の自立(「おひとりさま」現象)に因を求めたりしています。ただ、これらの問題は社会構造自体の変化成熟や思想、人権にも関係している事項であり、一概に負原因と決め付けるわけにもいかないのではないかと思います。

 一方で驚異的なスピードで進む高齢化に追いつけない社会福祉、企業の容赦ない派遣切りや若者のワーキングプアなどは、待った無しで国が取り組まなければならない問題です。私の守備範囲である医療・福祉に関して言いたいことは沢山ありますが、とにもかくにも今の介護職の皆さんの収入が低すぎる。この給料水準が上がらなければ、将来的にいくらハードが(一見)充実しても、無縁社会の改善にはつながらない可能性が高いと思います。何故介護職が重労働であるにもかかわらず低賃金にあえがなければならないのか、NHKもそのあたりのカラクリを突っ込んでいけば、どんな利権が絡んでいるのか、誰が甘い汁を吸っているのか、とても面白い放送ができると思いますけれどもね。どこかから握りつぶされるかもしれませんが。

 話が随分横道に逸れてしまいましたが、「現場100回」というような警察の捜査にも似た丹念な取材の記録であり、やや悲観的であるものの現代と言う時代の生と死について深く考えさせてくれるノンフィクションでした。更に一言付け加えるならば、一章を割いて取り上げられているように、老人だけの問題ではなく若い方への警鐘でもあります。年代を問わず是非ご一読を。