ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Sunset Park / Paul Auster

Sunset Park
  昨年出版されたPaul Austerの最新作です。ペイパーバックが出るのを待っていたのですが、まだまだのようなので待ちきれずにハードカバーを買ってしまいました。ずっと9・11にこだわってきたオースターですが、今回はサブプライムローンの破綻にともなう大量のホームレス発生と経済危機に見舞われた2008年から翌年にかけてのフロリダとNYを舞台に設定し、現在のアメリカの一断面を描写しています。

 28歳のMiles Hellerは、フロリダで立ち退きで空き家になった家に残されたガラクタの品々を偏執的に写真に撮っています。それは立ち退かざるを得なかった家族が最後に残した痕跡。家族、そう、彼は7年前に家族から逃げ出した過去がありました。

 彼の父親Morrisは出版社を経営しており、若手女優のMary-Leeと結婚してMilesが産まれました。が、母は育児に馴染めず女優としての夢を追いかけ、程なく二人を残して西海岸へ去ってしまいました。Morrisの再婚相手のWillaにはBobbyという連れ子(義兄)がいました。高校時代のある日Miles はその義兄と路上で諠譁になり、彼を押し倒したところに偶然にも車が突然通りかかり、義兄は轢かれて死んでしまいます。

 その罪悪感をずっと胸に抱え続け、そして七年前のある日両親の口喧嘩を盗み聞きしショックを受けた彼は家を飛び出したのでした。全米各地を転々とし、フロリダにたどり着いた彼は空き家整理の仕事をしつつそのような写真を撮っていたわけです。その彼にまだ未成年の高校生Pilarという彼女ができますが、彼女の長女との諍いがもとで彼はPilarを守るためにどうしてもフロリダを去らなくてはいけない羽目に陥ってしまいます。

 絶対に親のもとへは戻りたくなかった彼は、失踪後も頻繁に連絡を取り合っていた友人Bingの誘いに乗り、彼の住むブルックリン地区サンセットパークにあるワケアリの家に転がり込むことになりました。実はこの家は相続税の関係である家族が手放し市の管理となったにもかかわらず、全てのライフラインが何らかの手違いでまだ通じているという空き家だったのです。ここにはAliceEllenという二人の女性も経済的困窮のため同居していました。当然不法占拠なわけですが、まだ市からの立ち退き請求は来ておらず、リーダーであるBingはその間はずっと居座るつもりでいます。

 話の骨子は以上のような事ですが、今回はMiles、Bing、Alice、Ellen、Morris、Mary-Leeと五人の登場人物を順番に章毎に主人公に据える構成になっており、彼等彼女等の抱える心の問題、現実的問題を描きつつストーリーは進んでいきます。
 そのような構成ですので、以前の大作ほどの重層構造やジェットコースター的展開はありませんが、相変わらずオースターのストーリーテリングの上手さや語り口は絶妙で飽きさせません。ハードカバーで300ページほどの長編ですが、ぐいぐい読み手をラストまで引っ張っていく力量はさすがです。

 博覧強記の彼の持ち味である薀蓄も健在であり、今回は大リーグの悲運の選手たちやウィリアム・ワイラーの傑作「我等の生涯の最良の年」などにスポットが当てられております。

 前回「Invisible」のレビューで、ややストーリーテリングやテーマにマンネリ化がしのび寄り、手垢のついた語り口になってきた、と書きましたが、今回はそういう意味ではちょっと趣向を変えてきたな、という印象を受けます。やや平板で淡々としてはいるものの(逆に言うと読み易い)、家族の絆の再生を軸に経済危機のアメリカの一風景を描いた佳品と思いますので、興味を持たれた方は是非どうぞご一読ください。