ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

海炭市叙景 / 佐藤泰志

海炭市叙景 (小学館文庫)
 拙ブログの小説「雷桜」のコメントで勧めてくださった方がいて気になっていた小説なのですが、先日偶然書店で見かけ手にとりました。なんでも映画化されその評判が波紋を呼び、今回文庫本として復刻されたそうです。映画は先日発表されたキネマ旬報ベスト10で第9位に入っており一度観てみたいと思っていますが、残念ながらアート系の小劇場でしか公開されておらず、その機会がないのが残念です。ちなみにキネマ旬報1位は「悪人」が獲りました。おめでとうございます。

『海に囲まれた地方都市「海炭市」に生きる「普通のひとびと」たちが織りなす十八の人生。炭鉱を解雇された青年とその妹、首都から故郷に戻った若夫婦、家庭に問題を抱えるガス店の若社長、あと二年で停年を迎える路面電車運転手、職業訓練校に通う中年男、競馬にいれこむサラリーマン、妻との不和に悩むプラネタリウム職員、海炭市の別荘に滞在する青年…。季節は冬、春、夏。北国の雪、風、淡い光、海の匂いと共に淡々と綴られる、ひとびとの悩み、苦しみ、悲しみ、喜び、絶望そして希望。才能を高く評価されながら自死を遂げた作家の幻の遺作が、待望の文庫化。(AMAZON解説より)』

 明らかに函館市をモデルにした群像劇で、9話を一章として二章から成立しており、冬から初夏までを描いています。じつはこれだけでは未完であり、あと二章を追加して全四章で街の一年を描く予定だったそうですが、作者の突然の自殺によりそれはかなわぬ夢となってしまいました。

 実はこの小説が書かれた頃に函館に家族旅行に行った事があり、当時の記憶とオーバーラップするところも多々あり、遠い地方の話でありながら面白く読む事ができました。

 炭鉱の閉鎖や海運造船業の不況により人々の暮らしが不安定となり、市の中心部は空洞化し、周囲の村を合併しつつ外へ外へと新しい町が広がっていく20世紀末の地方都市。声高に語られる夢のような将来とは裏腹に人々の心は寒々としている。。。日本中の多くの街が抱えていた共通の問題を高所から語るのではなく、どちらかというと底辺に近い、或いは時代の流れに取り残されつつある市井の人々の平凡な日常を綴る事により表現した手法が当時の閉塞感を上手く表現していると思います。

 18話全てに異なる主人公が登場するわけですが、第一章の方は第一話で死んでしまう青年の事件がその後の話のいくつかに微妙な波紋を投げかけており、味わいがありました。その点第二章は9話が全く独立しています。作者がこの後の第三、四章をどういう風に処理するつもりだったのかが分からないので何ともいえませんが、個人的には第一章のやり方の方が好ましく感じました。
 失礼ながら取り立てて個性的な文体を持つわけではなく(第二章最終章は村上春樹もどきのようにも思います)、一つの話だけ取ってみるとその内容に魅力のあるものばかりではないので、積み重ねる話同士がある程度緩いつながりを持ち、かすかなさざなみのように共鳴する方が、読むものにも共感を呼ぶのではないか、と思うのですけれどもね。

 とは言ってももう作者は亡くなられたわけで、まことに惜しいと思います。ご冥福をお祈りします。

 映画では第一章第一話を含めて5作品ほどが取り上げられているそうですが、もしDVDで出れば是非観てみたいです。