ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

マンチュリアン・レポート / 浅田次郎

マンチュリアン・リポート (100周年書き下ろし)
  拙ブログでも出るたびにレビューしてまいりました浅田次郎氏の「蒼穹の昴」「中原の虹」と続いた清朝末期の中国の壮大なサーガの続編が出ました。「蒼穹の昴」をNHKが放送していますので悪いタイミングではないかも知れませんが、「中原の虹」4部柞が第4巻で終了したのが2007年ですから随分唐突な気もします。なんでも講談社創業100周年記念の書き下ろしだそうです。

 唐突でも浅田氏らしい感動を誘ってくれる力作ならいいのですが、正直なところ書き下ろしのため拙速に無理やり書かされた感じで、正直なところ期待を裏切る出来と言わざるを得ません。「珍妃の井戸」と同じくスピンオフ的に読めばいいのかもしれませんが、描かれているのが以前私が「中元の虹」でここまでは辿り着いて欲しかったとレビューに書いた張作霖爆殺事件という大変重要なテーマだけにそう割り切る事もできません。浅田節は健在ですがそれがかえって嫌味に思えるくらいで、「珍妃の井戸」程の感涙を絞る内容ではないですねえ。

 とぼろくそに書いておいてレビューするのも辛いものがありますが、このシリーズに付き合ってきた者の務めとしてやってみましょう。

『爆殺――その朝、英雄の夢が潰えた。『中原の虹』完結から3年。浅田次郎、14年ぶりの書き下ろし長編小説。

剛胆にして繊細。優しくて非情。流民の子から馬族の長にのしあがり、ついには中国全土をも手に入れかけた稀代の英雄・張作霖の、壮絶なる最期。

昭和3年6月4日未明。張作霖を乗せた列車が日本の関東軍によって爆破された。
一国の事実上の元首を独断で暗殺する暴挙に、昭和天皇は激怒し、誰よりも強く「真実」を知りたいと願った――。

「事件の真相を報告せよ」。昭和天皇の密使が綴る満洲報告書。そこに何が書かれ、何が書かれなかったか。

いま解き明かされる「昭和史の闇」。息を呑む展開、衝撃の「真相」、限りなく深い感動、――傑作長篇小説の誕生!(AMAZON解説より)』

 一冊完結の書き下ろしで、全体としては昭和天皇の密命を帯びた不敬軍人による調査「マンチュリアン・レポート」と、昔西太后を乗せ今回張作霖を乗せた御料列車侯爵(アイアン・デューク)の独白「アイアン・モノローグ」とを交互に並べた構成となっています。

 序章では、昭和天皇が内閣書記官長鳩山一郎を使い不敬軍人に張作霖爆殺事件の真相を探らせることになるという出だしに緊張感があり、これは良い作品になるかなと言う期待を抱かせませす。

 しかし、「マンチュリアン・レポート」に入ると途端に平板・退屈な展開になります。戦前昭和史を多少なりとも知っていれば当たり前の話ばかりで、昭和天皇も退屈なされるのではないかと思えるほど、新味のある報告内容は出てきません。それに密使がいかほどの苦も無く、会う人会う人から易々と証言を手に入れていくので緊張感もスリルも無い。。。

 一体どこが煽りにある

息を呑む展開、衝撃の「真相」

なのか(嘆息。はっきり申し上げてかき集めた資料を夏休みの宿題並に淡々と並べた作文のように感じます。最終レポートには浅田先生の万感がこめられているのでしょうが、まあこれはネタバレになるので省略。ただ一言、作者ほどは読者は感動しないでしょう、多分。

 一方の「アイアン・モノローグ」も、どうして3人称構成を捨て、こともあろうに機関車に1人称を与えてしまうという機関車トーマスまがいの設定にしなくてはならなかったのか。。。 まあなつかしの人物が次々と出てくるので退屈はしませんが、張作霖の美化が昂じて機関車とまで会話できるに至っては正直なところ白けてしまいます。「中原の虹」シリーズは綿密かつ複雑な構成で、実在の人物と虚構の人物をうまく絡ませて奥行きの深い物語にしていましたから、特定の人物の美化もある程度活きていましたが、この作品ではストーリーが単純で浅い分、その美化が思いっきり浮いてます。

 というわけで、張作霖爆殺事件をこんな駄作で済ませてしまうかと思うと少々情けないです。「龍玉(ロン・ユイ)」はまだ張学良の手にありますのでまだサーガは続くのかもしれませんが、それなら今回の作品はあくまで一つのスピンオフとして、従来どおりの三人称の渾身の筆で一から書きなおしてほしいものです。