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生物多様性とは何か/CBD・COP10の意義

生物多様性国家戦略2010
人間活動の影響が地球の許容力を超えてしまい、それを修復するための時間はどんどん少なくなっているという認識の高まりとともに二一世紀は始まった。われわれは自然が支えることができるものを超えて暮らしている。これを続けられないということは知っているのに、われわれの行き方を変えようとの計画は何もなされていない。
( G.C.Daily, Prof of Stanford Univ. 'The New Economy of Nature' 2002、訳は「生物多様性とは何か」より)

 前回の記事でご紹介しましたように、今月愛知県において大変重要な国際会議であるCBD・COP10生物多様性条約第10回締約国会議)が開催されます。今回はWWF(自然保護基金)ジャパンの会報や、前回紹介した書籍「生物多様性とは何か」を元にして、生物多様性(biodiversity, 以下BD)の意味及び開催されるCOP10の意義を探っていきたいと思います。

1: 生物多様性(BD)とその危機

Wwfjapan910  様々な生き物が互いに複雑なつながりを保ちつつ、地球と言う星に共存している状態、それがBDです。これがあるからこそ自然界は絶妙なバランスを保っており、我々人類もその恩恵を受けています。井田氏はそれを「生態系サービス」と呼んでいます。このサービスが低下すると水が手に入らなくなり、農作物が不足し、自然の調節作用が機能しなくなります。

 試算ではこの生態系サービスが産み出す価値は1994年の時点においてなんと33兆ドル、当時の世界の国内総生産GDP)の1.8倍という莫大なものであると評価され、これを浪費することの人類への悪影響を省みる重要性が問われ始めました。この年がちょうどCOP1が開催された年に当たります。

 しかし残念ながらその後も、世界の各地で森林が伐採され、破壊的な漁業が行われ、単一作物のプランテーションが広がり、更に記憶に新しいところではイギリスの石油メジャーBPBritish Petoroleum)によるメキシコ湾での海底油田掘削施設爆発による史上最大の原油流出事故などの環境破壊により、BDは失われ、生態系サービスは低下し、現在人類はすでに生態系サービスに負債、通称エコロジカル・デット(Ecological Debt)を抱えている状況にあります。

2: 第六の生物種大絶滅

 地球上の生物の種の変化を調べたウィルソンによると、過去六億年の間に5回の大絶滅がありました。一番有名なのは約6500万年前白亜期末の、隕石衝突によると言われている恐竜大絶滅でしょう。これら五回の大絶滅はその都度いずれも長い年月をかけて回復しています。しかし現在進行中の第六の大絶滅は過去五回と質的に全く異なります。それは

1) 火山の大爆発や隕石の衝突と言った自然現象ではなく、明らかに人類というただ一種の生物によってもたらされたものであること
2) 湿地や熱帯林などの新たな種を生む「進化のゆりかご」の破壊が急速に進んでいること
3) 過去の大絶滅にはダイオキシン環境ホルモンといった人工の有害物質は過去には存在しなかったこと
4) 過去の大絶滅にはバリアとなるコンクリート張りの海岸線や河川が存在しなかったこと

 これらの状況により今回の第六の大絶滅は過去五回の大絶滅よりはるかに大きく、場合によっては取り返しのつかない傷跡を地球上の生物に残す可能性が高いと危惧されています。

3: 2010目標の失敗と貧困問題

 そこで世界の国々が国際的ルールを作っていくために発足したのがCBDなのです。今回の条約締結会議であるCOP10の最大の議題の一つが「ポスト2010目標」です。

 と言うのも、2002年にオランダで開催されたCBD・COP6で採択された「2010年までにBDの損失速度を顕著に減少させる」という2010年目標が全くと言っていいほど達成されずに今年を迎えてしまったという惨憺たる結果が現実にあるからです。つまり

2010年目標は明らかに「失敗」した

のです。この失敗にはアメリカ合衆国という富とバイオテクノロジー超大国が参加を拒否しているという大問題や、各国の利害が複雑に絡み合って目標そのものが非常に曖昧になったという事情もありますが、世界的に見ればやはりその根本にあるのは

「貧困問題」

です。貧困地域の人々が今日明日を生き延びていくために地域の自然が犠牲になっているわけで、BDの保全と貧困の緩和、富の正しい分配は切り離しては考えられないことが分かります。

Haichi (national geographic)
 分かり易い例を一つ挙げましょう。今年1月に大地震によって大きな被害を受けたハイチ世界最貧国の一つです。この貧困の原因として、毎年のようにハリケーンが襲うため、その被害により十分な社会的インフラが整備されていない事が指摘されています。ところがこのハイチと同じ島にある東側2/3を占めるドミニカ共和国は、毎年のハリケーンでもそれほどの被害が報告されていません。
 この二つの国の大きな違いは、ハイチにおいては、かつて国全体を覆っていた森林が貧困のためほぼ全てが伐採され1%を残すだけなのに対して、ドミニカ共和国では大統領の強権もあり多くの国立公園が設置され、エコツーリズムなどの観光産業も盛んで森林が国土の28%を占めている事にあります。

4: ポスト2010目標

 さて2010年目標の失敗を受けて、ポスト2010目標はより具体的でBDの損失をしっかり食い止められるものになる必要があります。そのためこの2月にCBD事務局は「ポスト2010年目標<案>」を公表しました。その中にはWWFが提言した内容も含まれています。たとえば

「2020年までに森林の減少を正味ゼロにする」
「持続可能な利用の事例を増やす」
「BD保全のための資金を政府、民間ともに増やす」
「エコロジカルフットプリントなど具体的な指標を組み込む」

などです。エコロジカルフットプリントとは、農耕や牧畜に使われている土地の広さや、木材・水産物を生産するのに必要な面積、二酸化炭素の排出量などをもとに、人類がどれだけ負荷をかけているかを数値で表したものです。

Ecologicalfootprint_2
  ちなみにこれはWWFジャパンが2009年に発表した日本のエコロジカルフットプリントです。2006年時において既に日本は、「4.1gha」であり、地球1個分が持つ生産力・収容力「1.8gha」を2.3倍超過している、所謂エコロジカル・デット(負債)を負っている計算になります。つまり、世界中の人々が、現在の日本と同じ大量消費社会を作り上げたなら、2.3個分の地球が必要になってしまう、ということです。

 ポスト2010目標案の特徴は「SMART」、すなわち

Specific: 明確
Measurable: 測定可能
Ambitiouis: 意欲的
Realistic: 現実的
Time-bound: 期限が定まっている

であることです。逆に言うと2010年目標の曖昧さの反省を踏まえての策定であるわけです。

 今回この案を元にした現実的目標が定まれば、各国政府は明確な義務を負わされ、そしてBDを脅かして繁栄を続けてきた先進国は大きな重荷やリスクを背負わされることになります。企業とBDといってもピンと来ない方も多いかと思いますが、意外な組み合わせで分かりやすい例をあげてみましょう。

5: 携帯電話と絶滅危惧種マウンテンゴリラの関係

 携帯電話PCに必須の素材であるレアメタル。先日の中国問題で話題になったレアアース希土類元素)も大きい枠組の中ではレアメタルに入れられる場合もあります。いずれもコンピューター社会に必須のものです。特にバナジウム族元素であるタンタルは重要であり、それが採れる世界でも希少な場所の一つが以前から内戦の続くアフリカのコンゴです。
Mountaingorilla  そしてその採掘現場の山々は、世界に600頭ほどしかいないマウンテンゴリラの大切な生息地なのです。ここは保護区に指定されているにもかかわらず、レアメタルを売って資金を得ているゲリラ組織が採掘を行ない、森林を違法に伐採し続け、周囲の自然を脅かしています。そして写真のごとく「森の肉」としてゲリラにより、ゴリラが密猟される事件も発生しています。
 携帯やPCで人の暮らしが便利になる一方で、生きものたちが違法かつ破壊的な開発の犠牲になっているわけです。今のペースで破壊が続くと2020年にはゴリラの生活できる森林は10%まで落ち込み、おそらくマウンテンゴリラは絶滅するといわれています。

 この違法なレアメタルや木材は多国籍企業などによってEUやアジアに輸出されています。そのようなレアメタルを使用して携帯電話やPCを作り続けることはマウンテンゴリラの絶滅に手を貸していることになります。COP10である程度具体的な達成目標が出て強制力を持てば、大企業に相当の社会的責任とリスクが生じることがご理解いただけると思います。

6: ABS:遺伝資源の問題

 ポスト2010目標と並んで注目されているもう一つのテーマがABSです。ABSとは

Access to genetic resources and Benefit Sharing: 遺伝資源の利用から生じた利益の配分

の事です。CBDの発足当時から大きな焦点となってきたテーマで、今回のCOP10がABSに関する法的拘束力のあるルールを決める最終期限とされています。

 バイオテクノロジーの発展により生物から遺伝子を取り出し、医薬品の開発や、農作物の品種改良をするようになりました。すると伝統的な民間薬として使われてきた植物に先進国企業が目をつけ、、その植物の遺伝子(=遺伝資源)をもとに医薬品を開発し大きな利益を上げる例が世界各地で発生するようになりました。

 当然推測されるようにしかも、利益を得ているのは先進国企業である場合が多く、伝統的な知識・遺伝資源を保有しているのは途上国が多いのです。途上国は遺伝資源を使って得られた利益の一部は自分たちに還元されるべきであると主張しますし、先進国は自分たちが資金・技術を投資し開発したのだからと利益還元には消極的です。

Tx30  例えば乳癌や卵巣癌の治療に広く用いられている「二十世紀最良の抗癌剤」と言われる「タキソール」は、最初はイチイという木の樹皮から抽出された物質から開発されました。今では人工合成できるようになっていますが、当初は途上国のイチイが各地で伐採され、ワシントン条約の規制対象種にまでなってしまいました。

 また途上国からみれば海賊行為に等しいと思える、無断で遺伝資源を持ち帰る「バイオパイレシー」という行為も問題になっています。有名なところでは「エリスロマイシン」という有名な抗生物質があるのですが、これは1940年代にフィリピンの化学者がアメリカの製薬会社へ送った土壌の中に含まれていた菌の代謝産物から分離され、製薬会社は莫大な利益をあげましたが、地元の化学者やフィリピン政府、地元の町はその利益の還元を受ける事はありませんでした、与えられたのは町の名前「イロイロ」の一部(イロシンという商品名)だけだったのです。

 このように、ABSの問題には伝統的な知識の価値をどう見るかと言う課題や技術や資金を持つ先進国にばかり利益が偏る南北格差の問題が複雑に絡みあっています。多くのバイオテクノロジー企業を抱えるアメリカ合衆国がCBDに消極的で参加しない背景にはこの問題が大きいといわれています。

7: まとめ

 以上検討してきたように、BDの多様な場所や遺伝資源に富んだ場所は多くの場合、途上国に集中しています。その環境の保全にかかる資金を途上国のみに押し付けず、また遺伝資源の利用が産んだ利益の一部が還元されるようなルールの策定がCOP10には求められています。

 そうなれば途上国の人々が貧しさゆえに森を伐採し、密漁などに手を染めざるを得なかった人々の暮らしが改善され、BDの損失を食い止める一助となる可能性があります。ポスト2010年目標ABSのルール策定の行方が注目されます。日本は「生物多様性国家戦略2010」を今年の3月に発表しています。是非この会議でイニシアチブをとり、実りあるCOP10として欲しいものです。

 と、ここまで書いてきて、日本政府が参加しないという噂が流れてきました。沖縄辺野古の基地移設問題でアメリカに遠慮して、と言うのが理由らしい。。。(茫然。もしそれが理由で政府が参加しなかったら、中国問題以上に世界の恥晒し、二度と世界はこの政府を信用しなくなりますよ。