ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ほったいもいじるな / 根本陽一

ほったいもいじるな―外国人に、声に出して読んでもらいたい日本語
ほったいもいじるな―外国人に、声に出して読んでもらいたい日本語
 ココログの大先輩根本陽一(nemota)氏の有名なブログ「ほったいもいじるな」(現在はシーサーに移籍)がついに書籍化され社会評論社より発刊されました。先ずはおめでとうございます、そしてお疲れ様でした。

『外国人に声を出して読んでもらいたい日本語。

バ快挙!エクストリーム空耳!CD付き!

日本語のことわざ・慣用句700を同じように聞こえる英語に置き換えた!

前代未聞!
Then Die, me moan!
逆翻訳 そして、死んでください、私うなります。
意味: 今までまだ一度も聞いたことがないような、変わった珍しい事

(帯より抜粋)』

 もうこれだけ抜粋すれば説明は十分かと思いますが、それではレビューになりませんので、久々に大冗談上段に振りかぶって私的「ほったいもいじるな」論を展開してみましょう。小難しい解説を読むのは面倒くさい、と言う方はここまでで切り上げてさっさと本を買ってくださいませ。

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極私的「ほったいもいじるな」論
Some personal considerations upon the 'hottaimo' translation method

I:掘った芋の根っこ(Roots of the 'hottaimo')

 皆さんもご存知と思いますが、「ほったいもいじるな」とは、トータス・松本中浜・ジョン・万次郎の「英米対話捷径」に記されている一番有名なフレーズということになっています。つまり、

What time is it now?

を日本語に置き換えると

掘った芋いじるな

と聞こえる、という日本人特有の「空耳」で覚えさせようとする試みで、ジョン・万次郎の漂流体験に基づく極めて実践的な英語習得方法であり、戦後世代が長く強制させられた細切れの発音法

ホワット・タイム・イズ・イット・ナウ

よりは余程アメリカ人に通じる英語である。。。

 な~んて薀蓄は昔から延々と出版され続ける英会話ハウトゥー本で嫌というほど目にしてこられたと思います。ところが「英米対話捷径」には「ほったいもいじるな」というフレーズは存在しないのです。それに一番近いのは

ハツタ ワザ イジ イータ ツデイ
What weather is it to day?

で、全くと言っていい程空耳になっていません。つまり「ほったいも」はこれだけ有名なフレーズにもかかわらず出典ははっきりしないんですね。私も今回ネットでできる限り調べてみましたが分かりませんでした。

II: 掘った芋の大脳生理学 ( Some neurophysiological speculations upon 'hottaimo' translation ) 

  だからどうなんだ?とnemotaさんから突っ込みが入りそうなので先に進みますが、要するに日本人は空耳が好きなんですね。大脳生理学的に言えば

「日本語の周波数帯域が英語のそれより狭くかつ側頭葉における2言語の感知領域が異なるため、根本的に日本人は英語の聞き取りが苦手であり、実際より周波数帯域が狭い意味不明の音声の中から日本語に聞こえる部分だけを敏感に選択して聞き取ってしまう」

てな事になるのでしょうが、そんな小難しい理屈はどうでもいい。とにかくアメリカ人が英語で「What time?」と発音しているにもかかわらず、横で聞いている日本人には「掘った芋」と聞こえてしまうそのギャップの大きさを日本人は面白がるわけです。これはまさしく、言語発音の相違がもたらす「緊張と緩和」(故桂枝雀師匠)による笑いではないでしょうか。

 それならば、ということで「空耳アワー」的なことをブログでやろうとはnemotaさんは考えなかった。一ひねりして、じゃあ外人は日本語をどう聞き取っているのだろうか?たとえば

Never heard of it before(前代未聞)」を日本語では
Then Die Me Moan(そして、死んでください、私うなります)」と発音する

とすれば、外人は爆笑するのではないか?と考えたわけです。発想の転換ですね。これも大脳生理学的に言えば英語圏の外人さんにとって周波数帯域の狭い日本語の聞き取りは簡単で、ちゃんと「zendaimimon」と聞こえているよ、なんて解説しちゃったらそれで終わり。語学においてつまらないと感じちゃあ発展はない。実際、今回CDへの吹込みを担当されたバイリンガル山口亜希さんは、吹き込みながら

「笑いをこらえるのに必死だった」

そうじゃありませんか、言語発音の相違による「緊張と緩和」は万国共通の笑いのネタなんですよ、きっと。

III: 掘った芋の展開 ( Twist of 'hottaimo' by Mr. nemota )

 さて、nemotaさんはブログの黎明期においてこのプランをいち早く行動に移し、一躍日本を代表する名物ブログの一つとなりました。アイデアと行動力の賜物であり、半年ほど日本におけるブログの動向について「経過観察(observation or doing nothing)」していた私とはえらい違いです。でもって私がこのブログを立ちあげる時に参考にしたココログ関係の書籍の殆どにはちゃんと「ほったいもいじるな」が参考例として記載されていました。

 当然ながら私も「ほったいもいじるな」を教科書として毎日チェックしていたのですが、そのぶれない姿勢と完成度は他の追随を許さないものがありました。気が付いた事をいくつか箇条書きにしてみますと、

1) ほったいも変換に特化したブログにしたこと: いまでこそ私的な身の回りの出来事なども記事にしておられますが、当時はほったいも変換の記事しかありませんでした。これは今回のご著書にも書いておられるように、「ユニークな内容にすれば大ブレークする」との確信の元に意図的になされたものでした。

2) ことわざや慣用句を選んだこと: 本書で解説しておられますが、ほったいも変換の手始めは学生時代の「ふるいけやかわずとびこむみずのおと」だったそうです。ところがブログ「ほったいも」ではことわざや慣用句を対象として選ばれました。これには、誰でも知っている、文章が短い、含蓄のある内容だけに逆翻訳した時の意味とのギャップが大きい、などの利点がある事は容易に想像がつきます。nemotaさんはそれをはじめから見抜いていたんでしょうね。ただ、個人的には「バカボンの歌」も忘れがたい傑作だと思います。

3) 音声をつけたこと: 当時のブログの殆どが「読む」ものだったのに、ほったいもでは当初から英語の発音の音声をつけておられました。当時ネットで音声変換してくれる無料サイトが勃興していたのを上手く利用したこの発想は素晴らしい。
 時にnemotaさんの変換で「えっ、この変換で本当にそう聞こえるの?」という文章に出食わす事があるんですが、音声で聞いてしまうと納得してしまう。実際nemotaさんもそれっぽい文章より、音声を聞いて似ているほうを選ぶ、と解説されています。
 一言付け加えておくと、当時の変換サイトへのリンクの中には複数のネイティブを選べるサイトがあって、人により似ていたり、全然そう聞こえなかったりするのも一つの楽しみではありました。そういうファジーさもまた、ほったいもの魅力です。

4) 無料サイトを利用して逆変換した事: コロンブスの卵的ほったいも最大の魅力。これまた当時、ネット大手各社が争って無料化して客層の囲い込みに使っていた「英⇔和変換」サイトを見事に手玉に取った裏技でした。皆さんも一度は利用されたことがあると思いますが、この程度のサイトではとんでもない文章が出てくるのは日常茶飯事ですよね。
 それを仕方ないとあきらめるか、これをネタにしてやろうとするかで、こういうサイトの利用価値は大きく変わってくるのだ、ということをnemotaさんは教えて下さいました。

5) 時事ネタは排する事: 長く続けておられる方ならお分かりになると思いますが、ブログというものは基本的には日記ですから、大きな事件や世相の変化をついつい記事にしてしまいがちです。拙ブログも政治や職業がらみの記事は極力避けるという方針の元にやってきましたが、それでも禁を破った事数知れず(苦笑。ところが当時のほったいも変換では徹底して時事モノは避けておられました。nemotaさん曰く

「世の中の暗い事件や話題には出来るだけ触れないようにしています、(中略)嫌な事を忘れて軽く笑ってもらえたらいいな、と思っています。」(本書より抜粋)

だそうです。やはり意図的なものだったのかと感心しきりです。もちろん後年マンネリ打破の意図や心境の変化もおありだったと思いますが、時事ネタも時々は入るようになって来てはいます。

 ざっと思いついただけでもこれだけの先進性を、「けったいな笑いを振りまく」だけにしか見えないブログ「ほったいもいじるな」は持っていたのですよ、これは後を追いつつもう6年目に突入しようとする私が言うのですから間違いありません、、、多分。

IV: 掘った芋の調理 ( completion of 'hottaimo' as an integrated art )

 さて、そのような先進性と笑いを兼ね備えたブログですから、過去にも書籍化の誘いは複数あったそうです。しかし、どんな有名なHP、ブログ、携帯サイトでも書籍化するとつまらなくなる事をnemotaさんはよく理解しておられ、これまで慎重な姿勢を崩しておられませんでした。ところが今回ついに書籍化の誘いに乗った背景には、このブログの凄さを見抜いた社会評論社濱崎誉史朗氏の熱烈な打診があったそうです。その編集者側、著者側双方の熱意の結果、下記のようなユニークな特徴を持つ書籍が出来上がりました。

1) 50音順にほったいも変換をまとめあげた: これにはnemotaさんも大変な苦労をされたようですが、これだけ見事にまとめあげて下さいますと、外人さんが日本語を勉強するのにとてもBen Leeです(違。

2) アメリカ本場仕込のさつさんによるシュールな絵が満載: 表紙を見ていただくだけでお分かりと思いますが、さつさんの絵はいかにもアメリカンなGJ!ちなみにこれがきっかけで彼女はカリカチュア・アーチストとしてデビューを果たされたそうです。

3) 付録CD: 音声変換サイトを紹介するだけならもっと経費を節約できたのでしょうが、nemotaさんは「絶対に音声のCD収録だけは讓れない」と当初から某所で主張されていました。それが山口亜希さんという、トップクラスの同時通訳者の起用という結果に結実したのはまことにご同慶の至りです。昔の無料変換サイトに比べると、やや恣意的に日本語に擦り寄って発音されているかな、と思わないでもないですが、それは些細な事、単純に笑って聴いていればさすがプロだなあと心地よさを感じます。

4) 随所に見られる細かいサポート: 本書には細かいサポートがみられます。「掘った芋」にかけた芋はんを作成されたやまだひろゆきさん、サツマイモに見事なカービングを施された時田京子さん、そして両手に芋でにっこり微笑んでいるのは多分息子さんかな?

 以上、濱崎氏の熱意とnemotaさんのご人格の結晶が本書だと申せましょう。

IV: 結論 ( Conclusions )

  こうしてほったいも変換が一冊の図書として国会図書館に収蔵される事は、日本の衰退しつつある言語文化に一石を投じる貴重な出来事と思います。ハッキリ申し上げて英会話の習得には何らの手助けにはならず、日本語未修得の外人さんに見せても目を白黒させるだけのことでしょう。けれども一定のインテリジェンスを有する全ての日本語を解する人達(外人さんを含む)にはたまらない一冊だと思います。是非どうぞ。

V: 補遺、または個人的思い出 ( appendix or one of my personal memory about 'hottaimo' )

 以前nemotaさんに、こんなぼやきを聞かせていただいた事があります。

『ゆうけいさんのブログ名「月夜のラプソディ」はかっこいいですねえ、いいなあ、うちなんか「ほったいも」だもんなあ』

 その時は思わず笑ってしまいましたが、書籍化に当たり、こう返させていただきます。

Night mono net darling!
夜のモノタイプのネットの最愛の人!