ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

日本の医療小説・ノンフィクション40冊(1)医療小説傑作20選

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(故吉村昭氏)
 医療系雑誌「日経メディカル」が500号発刊を迎え、その記念増刊号が今日職場へ贈られてきました。
 増刊号のテーマは「日経メディカルは何を伝えてきたか」で、全編大変読み応えがありました。そしてその中に「日本の医療小説・ノンフィクション40冊」という企画がありましたので、ブログに取り上げてみる事にしました。選者は書評家の東えりか氏と日経メディカル編集長千田敏之氏で、医療小説を20冊、ノンフィクションを20冊セレクトされています。今回は先ず小説を取り上げてみましょう。

医療小説傑作20選:
1:海と毒薬  遠藤周作(1958)
2:背徳のメス  黒岩重吾(1960)
3:白い巨塔  山崎豊子(1965)
4:神々の沈黙  吉村昭(1969)
5:消えた鼓動  吉村昭(1971)
6:ダブル・ハート  渡部淳一(1975)
7:生きている心臓  加賀乙彦(1991)
8:孤高のメス  大鐘稔彦(2005)
9:冷い夏、熱い夏  吉村昭1984
10:命  柳美里(2000)
11:恍惚の人  有吉佐和子(1972)
12:黄落  佐江衆一(1995)
13:明日の記憶  萩原浩(2004)
14:閉鎖病棟  箒木蓬生(1994)
15:空中ブランコ  奥田英朗(2004)
16:今夜、全てのバーで  中島らも(1991)
17:チーム・バチスタの栄光  海堂尊(2006)
18:神の汚れた手  曽野綾子(1980)
19:廃用身  久坂部羊(2003)
20:風花病棟  箒木蓬生(2009)

テーマ:
1:医者とは何者なのか
2、3:医療小説の金字塔
4-8:移植と脳死
9、10:癌告知
11-13:認知症
14-16:精神科医
17-20:新潮流

 普段「医療モノは嫌い!」とか言いつつ、悔しいけど結構読んでるなと思いました(笑。 北壮夫南木佳士が入らずに何であいつが(^_^;)とか思ったりもしましたが、テーマを決めての選択である事もあり、まあ概ね妥当なんだろうと思います。特に1、2、3、11、18などは戦後日本文学の全ジャンルでセレクトしてもその中に入ってくる傑作だと思いますし。

 個人的には中島らも加賀乙彦は好きですね。もちろん一番好きなのは「今夜、全てのバーで」。ちなみに日常的に使っていたセルシン(diazepam)がそんなに効くのか、と驚いた覚えのある作品です(笑。

 先日記事にした改正臓器移植法に関連してか、移植関連が5冊も入っている事も目立ちます。しかもそのうちの4冊が通称「和田移植」と呼ばれる和田寿郎(当時札幌医大教授)による日本初の心臓移植を取り上げています。
 心臓移植は1967年南アフリカで初めて行われ、そのうち日本でも行われるだろうとは言われていたのですが、1968年に突然青天の霹靂のように行われ、世界で30例目として当時大変な話題になりました。しかし手術を受けた青年は術後63日目に死亡し、その後ドナーの選択、レシピエントの選択ともに疑問点が多く明るみに出て和田寿郎はついに刑事告発されます。結局嫌疑不十分で不起訴になりますが、その後の移植医療に暗い影を落とし、日本は世界から完全に取り残される事になります。二例目の心臓移植は臓器移植法が成立した後阪大で行われましたが、和田移植から既に30年余もの歳月が流れていました。

 個人的にはこの和田移植はドナー、レシピエント二人に対する殺人行為だったと思っています。実は私は学生時代和田寿郎の招待講義を聴講した事があります。まだまだ自信満々、と言うよりはマスコミに対して明らかな敵意を抱いておられ、「医療の医の字も知らない素人に何が分かるか」という傲慢な感じさえ受けました。心臓移植の講義ではありませんでしたが、少なくとも移植に関して微塵の罪悪感も抱いていない事は良くわかりました。

 私の移植嫌いはこの辺に端を発するのかもしれません。もちろん私も今の医療マスコミは嫌いですが、それはあくまでも医療側が間違った事をしていない、と言う事が前提であり、この和田移植のような犯罪的行為は糾弾されてしかるべきであったと思います。
 当時まだ札幌医大の整形外科医師だった渡辺淳一の行動力もさることながら、小説家であった吉村昭の取材の執念と筆力は大したものだと思います。「神々の沈黙」を未読の方で改正臓器移植法に興味がある方は是非一度お読みください。

 ちなみに吉村昭氏は後年舌癌と膵臓癌を患い、2005年7月自宅で息をひきとります。その際、看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、みずから点滴の管を抜き、次いで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、その数時間後に逝去されたそうです。戦前生まれの気骨を感じさせる真の硬骨漢らしい最期だと尊敬の念を抱かずに入られません。享年79歳。ちなみに和田寿郎はまだ存命です。