ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

路上のソリスト(The Soloist)

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はむちぃ: ゆうはむ映画レビュー、今回は現在公開中の洋画「路上のソリスト」でございます。LAタイムズのコラムニストのコラム記事から始まった実話に基づく物語でございまして、当然ながらLAが舞台でエサ=ペッカ・サロネン&LA交響楽団が全面的に協力していることで話題になっております。
ゆうけい: クラシック・ファン&オーディオファイルには必見、と言いたいところなのですが、決してそんなに単純に音楽を楽しむ映画ではございません事を最初にお断り申し上げておきます。と言いつつ、初めて内部が公開されたウォルト・ディズニー・コンサートホールの威容には度肝を抜かれましたな(笑。
は: 音楽モノといいますと、ご主人様があまりの脚本のトホホぶりに辟易された「奇跡のシンフォニー」などを思いだしてしまいますが(^_^;)?
ゆ: あの脚本のサービス精神たっぷりのアリエナイザー的展開がハリウッド的虚構世界でのサニーサイドを象徴しているとすれば、この映画はまさに現実世界の暗黒面を正面から見つめていますね。マーラー5番勝負part IIで疲れ果てているはむちぃ君につきあわせるのはチト気の毒なんだが、どうしても見ておきたくてね。
は: 映画は私のメインの担当分野でございますからかまいませんよ、その代わり今日はボケ無しでまいりますよ(-.-)ボソッ。では映画紹介からまいります。

アカデミー賞で7部門にノミネートされた『つぐない』(07)のジョー・ライト監督が、「音楽に対して本気で取り組むなら、世界がひれ伏す才能だった」と語られる天才音楽家ナサニエル・エアーズの物語を映画化。主演は、『Ray/レイ』(04)で伝説のジャズ・ミュージシャン、レイ・チャールズを演じて、アカデミー賞を獲得したジェイミー・フォックスと、『アイアンマン』(08)の大ヒットが記憶に新しい、ロバート・ダウニーJr.。

ロサンゼルス・タイムズで「弦2本で世界を奏でるヴァイオリニスト」と題されたコラムで紹介された、ナサニエル・エアーズ(ジェイミー・フォックス)。ジュリアード音楽院に通い、華々しい将来を約束されていたのに、ある病気(統合失調症、ゆうけい付記)が原因で路上で暮らすことになった天才音楽家。コラムの執筆者スティーヴ・ロペス記者(ロバート・ダウニーJr.)は、ナサニエルと関わっていくことで、ナサニエルの才能に感服し、音楽家としての人生を取り戻してほしいと願い、彼の治療を計画する。しかし、ナサニエルのとった行動は、ロペスの人生観を根底から覆すものだった。

監督:ジョー・ライト
製作:ゲイリー・フォスター、ラス・クラスノフ
製作総指揮:ティム・ビーバン、エリック・フェルナー、ジェフ・スコール、パトリシア・ウィッチャー
原作:スティーブ・ロペス
脚本:スザンナ・グラント
撮影:シーマス・マクガーヴェイ
美術:サラ・グリーンウッド
編集:ポール・トシル
音楽:ダリオ・マリアネッリ
2009年アメリカ映画、配給:東宝東和
上映時間:1時間57分』

は: 予想以上に暗くて重い映画でございましたね。
ゆ: そうですね、単純な音楽ものでも無く、どこかの国の絵空事のような難病ものでもなく、フィクションに限りなく近いからこそ、どうしても心の奥にどんよりと残ってしまう後味の悪さがありますね。
は: 以前ご紹介した英国映画「この自由な世界で」に似た重さでございますね。監督のジョー・ライトが「偏見とプライド」のような映画を撮る英国人監督である、という事もあるのでしょうか。
ゆ: そうですね、映画のタッチを決めるのは監督ですからそれも大きいと思います。しかしそれよりも何よりも「統合失調症」をリアルに描ききっている事が大きいでしょうね。

は: LAの公園の一角のベートーヴェン像の前で二本しか弦の無いボロボロのヴァイオリンから素晴らしい音色を奏でる、奇妙な風体で喋ることの支離滅裂なホームレスの黒人にLAタイムズのコラムニストが興味を惹かれ、調査してみると本当にジュリアード音楽院に在籍した事のある才能あるチェリストだった事が判明して、と言う出だしで物語は始まりますが、
ゆ: どう見ても彼は精神を病んでいる。しかし彼の音楽的才能は見捨てるには惜しい。そこでスラム街にあるLAMPという精神障害のホームレスを収容する施設に彼を入れようとする。さてその後の成り行きは?というところなんですが、とにかく感動モノのヒューマン映画に仕立てようとするなら

統合失調症でも音楽的才能があればこんな素晴らしい事が可能だ」

というスタンスでエンターテインメントの方向に振れば済むのですが、そうでなく

「どんなに素晴らしい音楽的才能があっても統合失調症を発症してしまえばこうなってしまうんだ」

というノンフィクション映画に近いスタンスで作ったところにこの映画の意義があると思いますね。

は: その代償として映画の人気、興行的収入を犠牲にしてしまうリスクがございますよね。
ゆ: その通り、大評判になった新聞コラムの実話の映画化と言う話題性に乗っかって安易な映画を作らなかった製作サイドの慧眼とも言えますが、数々のオファーからこのプロデューサーを選んだ原作者のティーブ・ロペスの選択の結果でもあるとも思います。
は: プロデューサーはハッピーエンドにはなり得ないこの物語を「ユニークな友情の物語」として描きたいとロペス様に申し出て気に入られたそうでございます。
ゆ: となると後は監督・脚本家にしっかりとした人を持ってくる事ですね。
は: 先ずは脚本ですが、「エリン・ブロンコビッチ」で名を馳せたスザンナ・グラント様に白羽の矢が立ちました。
ゆ: 彼女はロペス氏のコラムを読んで感動し、

「難しいのはこれほど私を感動させた題材をどう伝えればいいのかということだった」

と述懐しています。そしてその方法として実在のナサニエル氏とロペス氏とかなりの時間をともにする事で構想を固めていき、幾つかの架空のシチュエーションを加えた上でこのシリアスな脚本を書きあげたそうです。、英国の気鋭の若手監督ジョー・ライトはこれがハリウッド初作品だそうですが、アメリカから送られてくる沢山のオファーの中から

「英国人としてのアウトサイダーの視点が有利に働くかもしれないと感じてこの脚本を選んだ」

そうです。ただ、近代的大都市にして路上生活者6万人と言われるLAに降り立ち、高層ビル群に接するスラム街スキッド・ロウに足を踏み入れた時は、アメリカ資本主義社会の現実を目の当たりにして、かなりの衝撃を受けたようです。
は: 主人公ナサニエルスキッド・ロウで多くの浮浪者の幸せを神に祈りますが、本当に「天使の街」という都市名が皮肉なほどのすさみ様でございますね。
ゆ: もう一人の主人公であるコラムニストのロペスは取材を重ねるうちにそのナサニエルの姿に打たれ、また彼の才能故に彼をどん底の生活から救いあげようとします。また、スキッド・ロウの住民の福祉向上を市長に掛け合い多額の予算を配分させることに成功しますが、それがどういう結果をもたらすか、そしてそれが本当に意味のある行為だったのか、この映画は冷酷なまでに問い詰めていきます。

は: その二人の主人公を演じるのが「レイ」アカデミー賞を受賞したジェイミー・フォックス様とロバート・ダウニーJr様ですね。
ゆ: ジェイミー・フォックスの演技は今回も入魂でしたね。彼はピアノを弾けるので音楽の素養があるんですが、
は: 今回ナサニエルを演じるに当たってヴァイオリン、チェロをプロから学び、更には統合失調症の専門医師とも会って研究を重ねたそうでございます。
ゆ: それでも「レイ」レイ・チャールズの演技の印象が強烈なのでしばしばナサニエルが盲目だと勘違いしそうになって困りました(笑。
は: 一方ロペスを演じるダウニーJr様も自分の行為の正当性について悩むコラムニストを渋く重厚に演じておられましたね。
ゆ ただ、ちょっとナサニエルとの距離感に戸惑っている感じは否めませんでした。後で買ったパンフレットを読むと、「アイアンマン」「「トロピック・サンダー」と忙しくリサーチの時間を全然取れないまま撮影に突入し、またジェイミーと別撮りの場面も多くて、

ジェイミー・フォックスは今回素晴らしい演技をしていると思う。だが、一つ残念なのは彼との共演の醍醐味をあまり味わえなかったこと」

だと語っていて、さもありなんと思いましたね。

は: さて、難病モノ嫌いのご主人様から見て、ジェイミー様の統合失調症の演技はいかがでございましたでしょうか?
ゆ: 十分合格点だと思いますね。コミュニケーションの難しさ、幻聴による社会生活の困難さなどを、普通の人が見れば怖がるくらいに演じていましたから。実際精神病院からの紹介患者を日常的に見ている者として、この病気の患者とコミュニケーションをとる事がどれほど困難であるか、どれほど他者を困らせるかは痛いほど良く分かります。
は: パンフレットで日野原重明先生がこの病気について解説しておられますが?
ゆ: 正直言って通り一遍の楽天的教科書的解説で、ナサニエルのような実際の患者の実態をあまりご存知ないんじゃないかと思いました。決して妬みで言うのではなく、内科で象牙の塔の最重鎮として医療の王道を歩んで来られた方の目にはなかなか触れない醜悪な現実がこの世界には存在するのだ、という事をこの映画の方が良く教えてくれるんじゃないですかね。
は: もちろんそれで日野原重明様の功績が損なわれえるわけではございません。
ゆ: 柴田錬三郎先生ではありませんが、まあ一言だけでも地べたから物申したかっただけです(苦笑。

は: さて、最後になりましたがこの映画のもう一つの大きなテーマである音楽ジョー・ライト監督との付き合いも長く、「プライドと偏見」ではアカデミー賞も受賞されましたダリオ・マリアネッリが担当しておられます。
ゆ: 監督とも相談の上、今回はナサニエル氏本人が尊敬しているベートーヴェンを選んで見事にアレンジしておられますね。登場した曲をざっと挙げてみますと、

交響曲第3番「英雄」
弦楽四重奏第12、14、15番
ピアノとチェロのためのソナタ第4番
ピアノ・ヴァイオリン・チェロのための三重協奏曲ハ長調Op56
交響曲第9番「合唱」
バッハ / 無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV.1007

などでした。
は: LASOのリハーサルを聴いて感動するナサニエル様の視覚イメージとしての色彩が画面に乱舞する「英雄」、そしてラスト・シーンでサロネン様がお振りになる第9番がやはり出色の演奏でございました。
ゆ: あの色彩の乱舞はてんかんの方は見ない方が良いですね、発作を起こしてしまいそうです(マジ。もちろん正論的にははむちぃ君の言う通りなんですが、映画的にはコラムに感動した老婦人から贈られたチェロを手にしてトンネルの中で弾き始める四重奏第15番イ短調Op.132が良かったですね。
は: トンネルからカメラを上方にパンして飛翔していく鳩の群れをとらえる手法により、見事にロペス様の心象風景と重ね合わせていましたね。
ゆ: 撮影監督のシーマス・マクガーヴェイのこの映画一番の腕の見せ所でしたし、それに15番のチェロの音色がよくマッチしていました。
は: ジョー・ライト様がこの映画の目的としていた

Above & Below
ベートーヴェン & ホームレス
映像 & 音

を融合させるという意図が見事に達成されたシーンでございましたね。
ゆ: この曲はベートーヴェンが腸カタルで病床についていた時期を挟んで書かれ、「病癒えた者の神への感謝の歌」というテーマがあるそうですが、それが映画自体のテーマとも重なっており、この映画に一段の深みを与えておりましたね。

は: というわけでございまして、決して万人向けの映画ではございませんが見応えのあるヒューマンドラマにベートーヴェンの音楽が融合いたしました秀作でございます。
ゆ: 見ていて決して気分の良い映画ではございませんが、たまには見応えのある映画を見たい、ついでにクラシック音楽も楽しみたい、という方は是非ご覧下さいませ。

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