ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

時の絆 / 日下唯

時の絆
 先日12月8日に向けて「靖国」のレビューを書いていて、太平洋戦争の名残の記憶さえない世代が今小中学生の親になっている現代において、正しい事実を次世代へ伝えていくことの難しさを感じていました。そんな折も折りにこの自費出版の小説を紹介され、何か運命的なものを感じました。ジュブナイルSF小説としても大変面白いですし、小中学生の子どもを持つ世代で子育てに悩んでいる方、そして何よりも、戦争というものの本質を子どもの世代にどう伝えるか悩んでおられる方にお勧めできる小説です。

『家を飛び出した潤が迷い込んだのは戦時中の明石の街だった。神戸・明石を舞台に中学生の少年が過去と遭遇する冒険ファンタジー。 (AMAZON解説より)』

 もちろん文体や台詞回しなどはプロ作家に及ばないにしても、プロットの整合性、伝えたいテーマの明確さ、そして綿密な土木、建築、絵画、歴史等の調査など、真摯に創作という作業に立ち向かわれておられることが伝わってくる本です。「靖国」で言及した田母神某の似非論文がただのプロパガンダであるとすれば、これは立派な戦争批判小説であると断言できます。

 複雑な家庭環境に悩む親と子供、両親の人生に隠された太平洋戦争の傷跡、将来の展望に対する戦前前後の世界観の違い等が分かりやすく小説の中に取り込んであり、小学校高学年のレベルから大人の世代までそれぞれの世代がこの本を読んで何かしら得るところがあると思います。

 特筆できるのは、日本がどうして戦争への道を止められずにずるずると勝ち目の無い戦いに引きずりこまれていったかを、中学生が勉強していくという形で丁寧に記述されていることです。
 著者も書いておられますが、日本の義務教育は、授業での日本史の勉強が一年単位であり、どうしても「現代史」までに至らず終わってしまい、戦後の殆どの世代が第二次世界大戦(太平洋戦争)以降についての正確な知識を持っていないという致命的欠陥を有しています。
 以前「ヒロシマナガサキ」のレビューで原宿の若者が昭和20年8月6、9日の出来事について全く知らなかったというエピソードを取り上げましたが、これがその歴史教育の結果であり、それはアメリカの深謀遠慮の結果だったかもしれないと思うと、この本が自費出版での狭い範囲を越えて一般に流布される価値は十分に存在すると考えます。

 具体的内容については個人的には「少年H」(妹尾河童)「蒲生邸事件」(宮部みゆき)「5分後の世界」(村上龍)「地下鉄に乗って」(浅田次郎)「海辺のカフカ」(村上春樹)等々が頭をよぎりましたが、全体的なストーリーの流れや登場人物の個性は昔のNHK少年ドラマシリーズを思いださせるようなノスタルジアを感じます。その上で何ともいえない心地よい透明感がある事、登場人物がみんな善人である事などが著者の人柄であろうと推察します。

 もちろん著者が主張する「戦争は絶対にいけない」という単純明快な主張には現実的ではない面もあり、平和平和と唱えるだけで戦争が無くなりはしない事も事実です。しかし客観的で正しい歴史を学ばない社会が悲惨な道を歩み始める事は多くの歴史が証明しています。冒頭に述べたように自分が太平洋戦争について十分な認識を持てずにいて子供に正確に伝える自信がないのであれば、是非一度手に取ってお読みください。

 最後に一言だけ申し添えておきます。あとがきの経歴を読まれれば著者と私が個人的な知り合いであろうことは容易に想像できると思います。ですから正直なところレビューすることもためらっていました。しかし再読してみて、購読して読んでいただいた方には、私が個人的な「縁故採用」でこの本を推しているわけではない、という事を十分ご理解いただけると信じ記事に採用させていただきました。

 このような知人がいることを誇りに思っています。