ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

この自由な世界で

Cinequanonbest
 先日西宮球場跡に華々しく「阪急西宮ガーデンズ」という大型ショッピングモールが新設されました。阪急ブレーブス時代の球場内外の胡散臭い雰囲気を知っているものにとっては隔世の感があります。
 そしてその中にもシネコンTOHO CINEMASが入りました。阪神間にこれだけ沢山のシネコンが出来て大丈夫なんだろうかなんて余計な心配までしてしまいますが、一方で単館系直営館がますます経営難になるのは必定で、ついに神戸ハーバーランドにあるシネカノン神戸が12月20日をもって閉館することになりました。
 私が過去レビューさせていただいた中でも「フラガール」「紙屋悦子の青春」「ゆれる」「転々」「純喫茶磯辺」など、多くの良質な佳品を提供しておられたのでとても残念です。
 そこで今日、おそらくこれが最後のシネカノンでの映画鑑賞という思いで出かけてきました。映画は、このような弱肉強食の新自由主義淘汰社会の現実とリンクしているがごとき、名匠ケン・ローチの傑作「この自由な世界で」でした。

『 舞台はロンドン。アンジーはひとり息子を持つシングル・マザー。職にめぐまれず、息子は両親に預けっぱなし。働いていた職業紹介所を、またも理不尽な理由でクビになった彼女は、思いきってルームメイトのローズと自分達の職業紹介所を立ち上げる。アンジーは持ち前のパワーでビジネスを軌道にのせるが、ある日、不法移民を働かせる方が儲けになることを知る。もっとお金があれば息子とも暮らせる、もっといい生活ができる……。ローズや心優しい移民青年カロルの心配をかえりみず、彼女は越えてはいけない一線を越える。そして事件が起きた……。
麦の穂をゆらす風』でカンヌ映画祭パルムドール大賞に輝いた英国の至宝ケン・ローチ監督の最新作は、ロンドンを舞台に名もなき者の営みに世界を見い出す、これぞローチの真髄といえる感動作。「自由」という言葉の意味を深く考えさせる、この傑作をぜひともお見逃しなく。

2007年/イギリス/カラー
ドルビーSRD/96分
監督/ケン・ローチ
出演/キルストン・ウェアリング、ジュリエット・エリス、レズウォフ・ズーリック
配給/シネカノン
(シネカノンHPより) 』

はむちぃ: とういう訳でまた呼び出されて参りました、はむちぃでございます。先ずは観終わっての印象はいかがでございますか?
ゆうけい: 一言で言って後味の悪い映画ですね、救いようのない泥沼にはまり込むような。「善き人のためのソナタ」の社会主義管理体制も陰鬱でしたが、東西冷戦終結社会主義の敗北から20年、到来したのは夢のようなユートピア社会とは程遠い冷酷な弱肉強食の格差社会だったという現実はとても重いです。

は: とても恋人同士や家族で楽しむ映画ではないようですね。
ゆ: 強いて言えば大学の経済学部のゼミで観に行くような(苦笑、でもほんとは派遣問題貧富格差拡大に悩む日本でももう他人事ではないわけで、この現実を誰もが直視する必要がありますね。
は: そのあたりはこの映画のオフィシャルHPに詳細に書いてございますね。
ゆ: 是非読んでいただきたいですね。更にはこの映画のような「移民」問題を日本では長く「外国人労働者」と言い換えることにより事の重大さをカモフラージュしてきましたが、真剣にこの問題に向かい合う時がもう来ていますからね。

は: さてこの物語はごく普通の職業斡旋会社の社員だったシングルマザーの女性が理不尽な理由で会社をクビになり、ルームメイトと二人で職業斡旋会社を立ち上げるところから始まりますね。
ゆ: 当初は就労ビザを持つ東欧からの正規移民に狙いをつけて奔走し上手く会社を軌道に乗せるのですが、ある派遣先の労務担当者から不法移民からならいくらでも搾取できると悪知恵を吹き込まれるんです。
は: 「マフィアのボスがそれをやって警告だけですんだ」という話ですね。もちろん最初は拒否しますし、共同経営者にも強硬に反対されますよね。
ゆ: 当然なんですが、じゃあ実際彼女がやってることがまともかと言えば、山谷や西成で怪しげな連中が朝から人集めして軽トラの後ろに詰め込んでどこともわからない職場へ運んでいくのとおんなじような、結構グレーゾーンにはまり込んでいる事をやってるわけなんですよ。
は: 女だてらにと言ったら男女平等法に引っかかりそうですが、よくもまああんな屈強な外国人連中を相手に渡り合えるものでございますね。
ゆ: そのあたりの演出はさすが社会派のケン・ローチだと思いますし、キルストン・ウェアリングと言う、不思議なことにちょっとオージー訛りの英語を喋る無名の女優さんもよく頑張っていますね。ただ、母親の働く姿を見せに孫を連れてきた彼女の父親がショックを受けて打ちひしがれるシーンは胸が痛みます。

は: その父親が本当に不法なことはしていないのか、と何度も問い詰める場面も痛々しゅうございました。
ゆ: 彼女は本当は心優しい人間で、不法移民の親子を助けてやったりする場面があったりもするんですが、借金を返済し下層階級から抜け出すために必死に頑張っているだけなんですね。
は: ところが現実にはグレーゾーンに手を染めなければやっていけない。。。
ゆ: そうこうするうちについに不法移民の派遣と言う超えてはならない一線を踏み超えてしまい、ピンハネできる手段を編み出し、とにかく新しい立派な事務所を抱えてそのローンを払い終えるところまで行こうと突っ走ってしまうわけです。

は: 「マフィアのボスの手口 」なんて決して一般市民が手を染めてはいけない世界でございますよね。
ゆ: そうなんですが、「これくらいなら」とか「あともう少しだけ」という彼女の心理が手に取るように分かるので、とてもリアルなんですよ。
は: 気がついたら泥沼に入り込んでいた、と言うシチュエーションですね、そして、親友の共同経営者にも愛想を尽かされるところまで行ってしまった時には、思いもよらぬ魔の手が迫ってきておりました。
ゆ: 当然の報いと言えばそれまでなんですが、ラスト近くの事件は衝撃的ですね、こちらも心臓が止まりそうになりました。
は: その結果として彼女が選ばざるを得なくなった運命がまたひどいものでございました。
ゆ: ケン・ローチの真骨頂と言える、英国ないしEUをはじめとする新自由主義体制への強烈な批判的問題提起だったと思います。

は: まるで前回の「善き人のためのソナタ」と対をなすような作品でございましたね。前回の「善き人のためのソナタ」の主人公が冷戦終結後に手に入れた「自由」は孤独感と無力感しか彼にもたらさなかったのではないかと言うエーリッヒ・フロム的心理分析がございましたが?
ゆ: ここで描かれる自由主義とは純粋に政治経済体制の問題であって心理学的な自由ではないんですね。
は: そのあたりが日本語では個人主義自由主義とも字義が曖昧に捉えられていて誤解が多いところですね。
ゆ: ちなみにエーリッヒ・フロムは1941年に「自由からの逃走」を著した時には、経済体制は個人の自由に任せた自由主義では社会が崩壊する、適度な統制経済が望ましいという非常に興味深い持論を展開しているんですよ。
は: まさか60年後にこのような社会が到来するとは思いもよらなかったとは思いますが、ある意味慧眼でいらっしゃったのですね。
ゆ: 実体経済に見合わない過剰なマネーゲーム競争の果てに100年に一度といわれる経済恐慌を引き起こした現代社会の心理学的性向が那辺にあったのか、現在の心理学者は真剣に考えてフロムのような社会の木鐸となってほしいですね。

は: では最後に一言お願いします。
ゆ: 最後の最後まで素晴らしい作品を提供され続けた神戸シネカノンに深い敬意と感謝の念を表します。
は&ゆ: ありがとうございました!