ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Travels in the Scriptorium / Paul Auster

Travels in the Scriptorium
はむちぃ: 久々の洋書書評はこのブログではお馴染みのアメリカ現代作家、Paul Auster (ポール・オースター)のペーパーバックでございます。オースター様と言えば最新作「A Man In The Dark」が出版されたばかりでございますが?
ゆうけい: ども、ポール・オースターを語らせれば右に出るものは日本のブロガーでも十数名位はいるだろう、ゆうけいでございます。確かに最新作も早くご紹介しなければいけないんですが、昨年出版された「Travels in the Scriptorium」の紹介がまだでしたので取り上げてみました。
は: ここしばらくはカポーティル=グインの分析に追われておられましたからね。
ゆ: そうそう、で、随分読むのが遅れてしまったんだけれど、いやあオースターの野郎、やっちまったな~(^O^)
は: クールポコの師匠ですか、あんたは(;一_一)。
ゆ: いやいや、ホント久しぶりに

ポストモダンの不条理の居心地の悪さと後味の悪さ

が見事に蘇りました~(嬉。
は: またまたそんな否定的な表現で喜んで(-_-;)。なんか不安な書評になりそうでございますが、とりあえずペーパーバックの裏表紙の紹介から引用して参りましょう。

『「The Brooklyn Follies」の大成功に引き続き、ポール・オースターは陰鬱な謎解き小説を提示する: これは作者と読者双方を巻き込むゲームであり、言語と時間の独創的実験小説である。

一人の老人が殆ど何も無い部屋で目覚める。彼は自身の過去を思い出せない。彼のアイデンティティの唯一の鍵となるものは机の上の原稿、束になった写真、そして部屋に入ってきたアンナと言う女性。彼女により愛と悲劇の記憶が鮮やかに蘇るが。

現代アメリカ作家の中でも絶大な人気を持つ抜群のストーリーテラーの、記憶、老化、そして我々の責任に関する、素晴らしい新作ミステリーである。(ゆうけい訳)』

は: 作者と読者を巻き込む小説と言うところがいかにもポストモダンですね。
ゆ: オースターが昔のキャラで遊んでいる気がしないでも無いですけどね(^_^;)。
は: 確かに彼の初期作の重要登場人物が次々と出て参りますね。
ゆ: 上記の紹介文のアンナのフルネームがアンナ・ブルームと言えばオースターファンなら欣喜雀躍ですね。
は: その他にも、デヴィッド・ジマーピーター・スピルマン等々懐かしい名前が目白押しでございます。
ゆ: ですから、最低限

ニューヨーク三部作」「ムーン・パレス」「最後の物たちの国で

の三作くらいは読んでないと何の面白みも無い小説ですし、最後の謎もおそらく謎のままで終わってしまいますので、本当にポール・オースターファン限定の書評ですね(笑。

は: リンク先の「最後の者たちの国で」の書評でもポストモダン的構造について検討いたしましたが、今回はより重層的でございますね。
ゆ: そうなんですよね、箇条書きにしてみると、

1: 「Mr.Blank」と名づけられた健忘症の老人は過去のオースター作品の登場人物とおぼしき人たちに何らかの命令を下す立場だったらしい。
2: 殆どの場合その命令が悲惨な結果を招き、部屋の外の世界には彼を様々な罪で告発し死刑を求めている人々も多く存在しているようだが、部屋で老人に直接接する人物は敵意や憎しみよりもむしろ愛情や憐憫を感じているようである。
3: 過去作品の登場人物のその後の人生について、その人物自身が語る場面がある。
4: 老人はある書きかけ小説原稿を元に見事なプロットを考え出す。(小説中小説はオースターの得意技)
5: そして最後に発見したもっとも重要な原稿は「Travels in the Scriptorium」(by N.R.Fanshawe)であった。

は: 思いいれたっぷりに書いておられますがファンショーとは「ニューヨーク三部作」の一つ「鍵のかかった部屋」の重要登場人物でございまして、おそらくオースター様の作品中最も天才的な小説家でございます。
ゆ: やはりオースターは「鍵のかかった部屋」と「最後の物たちの国で」が好きなんですねえ、個人的にはどちらも大好きな作品なのでとても嬉しいです。

は: ところで、そのファンショー様が鍵となるこの小説のトリックでございますが?
ゆ: "It will never end." で始まる最後の一ページあまりの文章がその謎解きの鍵なのですが、やはりオースターだけあって単純明快な回答は出してきません。どう読み解くかを読者に委ねているようです。
は: 紹介文に「作者読者双方を巻き込む」と書いてある通りですね。ご主人様はどう解釈されたのですか?
ゆ: 正しい解釈かどうか自信は全くありませんが、最後の一ページはファンショーが書いた文章であると考えるほうが文章の筋が通る気がする気がします。そうすると"we"は作者と読者ではなく、これまでのオースター作品の登場人物たちと言う事になります。
は: とすると老人は、、、
ゆ: でしょうね。考えてみれば彼の作品でハッピーエンドというのは殆どありません。登場人物には常に悲劇的結末が用意されていました。その事に対する贖罪の意識がこの小説を書かせたのかもしれませんね。

は: とにもかくにもオースターファンの方にはとても魅力的な小説でございます。
ゆ: ペーパーバックで130Pと、彼にしては短い小説で彼の文体に馴れておられれば2,3日もあれば十分読めます。是非どうぞ。
は: 次ぎはいよいよ「A Man In The Dark」でございますね。
ゆ: これはゆっくり読ませていただきます。年内にレビューできれば早い方でしょう(笑。