ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ヒロシマナガサキ

ヒロシマナガサキ

 先日はむちぃ君にどうせ田中麗奈の作品をレビューするなら「夕凪の街桜の国」にしないのですか!と突っ込まれてしまいました(笑。まあもちろんそれもやるつもりでしたが、やるなら先ずこの映画を観てからにしようと思ってずっとDVDレンタルの開始を待っていたんです。
 アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞受賞者であるスティーヴン・オカザキ監督が、25年の歳月をかけて完成させた原爆のドキュメンタリー映画ヒロシマナガサキ White Light/Black Rain」です。ようやく観る事ができました。月並みですが感想は

「国籍を問わず、一人でも多くの人に見てほしい」

と言う事に尽きます。そしてやはり当事者である日本人には「MUST」の映画であると思います。

 もちろん、原爆関係の本や映画は沢山読んできたし観もしたしで知識・見識は十分ある、と言う方も沢山おられると思います。実を言うと私もそう思っていた一人です。主な興味はこの映画が昨年8月6日、広島に原爆が投下されたその日に、全米にむけてテレビ放映された事、および賛否両論の反響の大きさにありました。
 しかし、映画を観終わった後ではそのような事より何より、日本人はこのテーマを日々新たに何度も何度も検証を重ね続けるべきであり、このような映画は作られ続けるべきだという思いを強くしました。そして作られるのならこの様な優れたドキュメンタリーであって欲しいと思います。

『 原爆投下から60余年を経た今、日本でもその惨劇の記憶が薄れつつあるが、世界の多くの人々には、いまだ被害の実態についてほとんど知られていない。アメリカでは、原爆が戦争を早期に終わらせ、日米両国民の多くの命を救ったのだという、いわゆる“原爆神話”が広く受け入れられている現実がある。
 本作は、14人の被爆者と、原爆投下に関与した4人のアメリカ人の証言を軸に構成されている。その中にはオカザキ監督の人生を決定づけた「はだしのゲン」の作者・中沢啓治氏の姿もある。惨劇から、ゆうに半世紀を越えるにもかかわらず、彼らの証言はひたすら生々しく、私たちの心をかき乱す。それはとりもなおさず、原爆というものがいかに忌むべき存在であるかの証左に他ならない。貴重な記録映像や資料を交え、広島・長崎の真実を包括的に描いた本作は、被爆者たちの想像を絶する苦悩に向き合い、彼らの生きる勇気と尊厳を深く受け止めている。(AMAZON解説より)』

 「想像を絶する」と言う表現はある意味便利な言葉でもあり、危険な言葉でもあります。想像を絶するのであれば実際にその映像や証言を知るべきなのにそれをせずそこで思考停止してしまうからです。
 この映画にはそういう意味で真に見るべき新たな映像と聞くべき証言が数多く含まれています。60年経っても癒えないケロイドや剥き出しの肋骨をカメラの前に晒した証言者の勇気を見るものはしかと受け止める義務があると思います。
 そして長崎の被爆者の

「何度も死のうと思ったがカトリック信者であるから自殺は出来なかった、カトリック信者の数多く住むナガサキに何故原爆を落としたのか」

という証言は恐らく海外のクリスチャンには相当の衝撃を与えたのではないかと推測します。そしてそれと同じくらい日本人は「被爆者差別」の罪深さを反省すべきです。折りしも新基準の原爆症認定による申請者が未だに続いている事をニュースは伝えています。

 付け加えるならばこの映画を正しく観る一つのポイントとして、特典映像の監督のインタビューは必見だと思います。

 例えば映画冒頭、原宿かどこか東京の街で若者に

「1945年8月6、9日に何があったか知っているか」

を問うインタビューが出てきます。悉く知りません。これが恣意的な編集かどうかを知りたかったのですが、インタビューにちゃんとその質問がありました。8人まで尋ねて誰も知らなかったので監督も日本人スタッフも驚くと共に諦めたそうです。恥ずべき無知な馬鹿者どもだと切り捨ててしまう事は容易ですが、監督は必ずしも彼等のせいではない事をちゃんと理解しています。
 個人的な意見を言えばそのような街に繰り出した事自体が恣意的な気もしますし、「原爆が落ちた都市を二つ知っていますか」と言う質問なら恐らくですが半分くらいは答えられたんじゃないかとも思います。大事なのはこの様な若者に正しい情報を与え続ける事であり、その意味でもこの様な映画がこの時期に作られる意義は大きいと思います。

 そしてまたオカザキ監督はこのインタビューで、

「この映画が難産であって却って良かった、何故ならその間にアメリカ人は9.11のテロを経験したからだ」

とも述べています。アメリカ人はあのテロにより被害者としての視点を経験したのでよりこの映画を深く理解できたようです。
 実は本ブログの映画レビューにどうしてこんなに太平洋戦争の悲劇を描いた映画が多くなってしまうんだろうと自分自身で訝しく思っていたのですが、このコメントを聞いていてはっとしました。阪神淡路大震災の経験が無意識のうちにこういうテーマに向かわせるのではないかと。阪神淡路大震災も7000人近くという4桁の死者を出しましたが、例えば長崎は5桁、広島は6桁の死者を一瞬にして出しました。先ほど述べたように「想像を絶する」世界です。そのような想像を超える世界を知る事により自分の体験した痛みの重さを測ってみたいという無意識の欲求があるのかもしれません。

 ちょっと柔らかい情報も入れておきましょう。バックに流れる音楽は殆どがモグワイシガー・ロスイーノハロルド・バッド等のポストロック、アンビエント音楽です。そしてそれが少しも不自然でなく映像に溶け込んでいるのは、この種の音楽の持つ多様化する映像世界への順応性なのだろうと思います。
 
 観て楽しい映画ではありませんが、インタビューを入れても2時間程度です。あなたの人生の2時間だけを、どうかこの映画に委ねてみてください。