ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

明日への遺言

Ashitahenoyuigon
 最近封切の邦画の中で一番気になっていた「明日への遺言」を観てきました。まだ映画館で映画を観る体力があるかどうか不安だったのですが、ほぼ100%還暦過ぎという観客の皆さんに勇気付けられて(^_^;)、見通す事が出来ました。

『 第二次世界大戦終了後、元東海軍司令官・岡田資中将は、名古屋空襲時における一般民衆への無差別爆撃を実行した米軍搭乗員処刑の罪に問われ、B級戦犯として戦犯裁判にかけられた。岡田中将の弁護人フェザーストン主任弁護人と対するバーネット検事、裁判官のラップ大佐をはじめ、裁判を実施するのは戦勝国アメリカ。岡田中将は自己の信念を曲げることなく、すべての責任は指令を下した自分にあると主張。法廷闘争を法における戦い、「法戦」と名づけ飽くまで戦い抜こうとたった一人立ち向かった。連日法廷に立つ夫の姿を、不安を抱きつつも毎日じっと傍聴席から見守る妻・温子とその家族。言葉を交わすことは許されないが、笑いを交換することでお互いを深く支え合う夫婦の姿がそこにあった。「司令官は、その部下が行ったすべてにおいて、唯一の責任者である」 部下を守り全責任を負う覚悟を見せる岡田中将の潔い佇まいは、次第に、敵国の検事や裁判官をはじめ法廷内にいる全ての人を魅了し心動かしていく。そして、判決が下る ──
岡田資が命を懸けてまでも伝えたかったこと、守り抜いたものは何だったのか──』

スタッフ
監督:小泉堯史
製作:原正人、豊島雅郎
原作:大岡昇平
脚本:小泉堯史ロジャー・パルバース
制作:シネマ・インヴェストメント、アスミック・エース エンタテインメント

キャスト
岡田資中将:藤田まこと
妻:富司純子
フェザーストーン主任弁護人:ロバート・レッサー
バーネット主任検察官:フレッド・マックイーン
裁判委員長ラップ大佐:リチャード・ニール
弁護側証人:蒼井優
弁護側証人:田中好子
弁護側証人:西村雅彦

 「誇りや品格といった人間としての美徳を失おうとしている現代にこそ観て欲しい」というキャッチコピーからも分かるように、B級戦犯として裁かれ、部下の罪を一身に背負って絞首台に上っていった岡田中将の誇り高き行動・言動が見所として描かれているのだろうと思っていました。

 しかしそれは正解なようで正解でも無いようで、と言うやや中途半端な印象で終わってしまいました。小泉監督は黒澤組から出てきた有能な監督ですが、「阿弥陀堂だより」にしても「博士の愛した数式」にしても、過度な演出をせず淡々と話を進める印象を受けます。それがこの映画ではより徹底されていて、

時系列に沿って裁判所とスガモ・プリズンとが交互に出てくるだけ

と言う極端に情緒性を排した演出を行っています。その手腕は確かに映画を一本芯の通ったものとしていますし、それに応えた藤田まこと富司純子をはじめとする日本人俳優陣の演技も見事ではあるのですが、

理詰めで「さあ泣け!」と説得されている

気がしないでもない(笑。

 むしろリアリズムに徹した映画であるだけに法廷映画として出色の出来栄えであるように感じました。岡田中将が主張する

1:無差別爆撃の違法性
2:略式処刑は当時の情勢を鑑みて止むを得ず
3:処刑は報復ではなく処罰である
4:責任の所在は司令官たる自分にある

という主張を巡るバーネット主任検察官、フェザーストーン主任弁護人、裁判委員長ラップ大佐の丁々発止のやり取りには手に汗を握りました。

 厳しく責めながらも理解を示すようになるバーネットを演じるのはスティーブ・マックイーンの息子さんです。顔も良く似ていますが、映画以外のキャリアが長い人だった点も似ています。そういう肥やしがあったためか、素晴らしい演技でした。アメリカ人でありながら一貫して岡田中将を弁護し、彼の家族に暖かいまなざしを注ぐフェザーストーンは美味しい役柄ではありますが、演じたロバート・レッサーはちょっとロッテのヴァレンタイン監督を思わせる温かみのある風貌で良い配役でしたね。

 また弁護側証人となる蒼井優田中好子、西村雅彦の証言も短い時間ながら三者三様にきらりと光る演技でした。

 いたずらに岡田中将の主張の正当性ばかりを強調せずアメリカ側の主張も公正中立に受け入れる小泉監督の手法は大変好ましいものだったと個人的には思います。特に攻撃に直接参加してはいないがB29に同乗せざるを得ない立場の無線手を処刑したことの正当性を巡る攻防には感じ入るものがありました。

 そのような法廷での論戦に関して、おそらく英語側の脚本を全面的に担当したロジャー・パルバース氏の貢献が大であった事は想像に難くありません。このブログを見ていただいておられる方ならこの名前に覚えがあると思います。以前坂口安吾の「桜の森の満開の下」の英訳で紹介した方です。あの時は日本文化への造詣が深い反面やや誤解されている点もあるのではないか、なんて考察をしましたが、こういう実録ものではそういう心配もなく素晴らしい仕事をされたと思います。

 700円と比較的良心的な値段のパンフレットにはスタッフ・キャストへの詳細なインタビューが載っており、大変興味深かったです。ただ一点残念なところは、日本人俳優の方々が押しなべて

「戦争は絶対にしてはいけない」

と言うステレオタイプな感想に終始していること。小泉監督とロジャー・パルバース氏がこれだけ考察しがいのある脚本を書いてくれているのですから、もう少しレベルの高い意見を述べてもらいたいものです。

 またまた勧めてるのだかけなしてるのだか分からないレビューになってしまいましたが、主体的に見ようと希望される方には良い映画だと思います。そしてそのような方が一人でも多くおられる事を願ってやみません。