ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

冷血 / トルーマン・カポーティ

冷血
 去年シネ・リーブルで予告編を見てこりゃあ見なくちゃ!と思っていた映画「カポーティ」ですが、まだ大丈夫だろうと思っているうちにあっという間に終わってしまい見損ねてしまいました。homさんの記事によるとやはり必見の作品だったようで、DVDレンタル開始を心待ちにしています。ただ待ってても仕方ないのでこの際原作となった「冷血In Cold Blood )」を読み返してみることにしました。

 私がカポーティの作品を初めて知ったのは中学生の頃で、ベタですが出会いは「ティファニーで朝食を」でした。オードリー・ヘップバーンのファンだったので、映画を観て主題歌「ムーン・リバー」の英語歌詞が知りたくなり、文庫本の解説に載っていたのでこれ幸いと買ってしまったわけです。意外な事に原作は甘いラブロマンスではありませんでした。それでカポーティという人に興味を惹かれて話題になっていた「冷血」を読んでみたんですが、、、とんでもなく大変な作品でした(^_^;)。

 この作品は以前ロジャー・ウォーターズ記事で触れたことのあるネル・ハーパー・リーの「アラバマ物語To Kill A Mockingbird )」などと並んでニュージャーナリズムの源流との評価の高い作品です。なお、ハーパー・リーカポーティは幼馴染で、「冷血」の冒頭の謝辞にも彼女の名前は出てきておりこの作品の取材にも深く関わっていました。
 この文庫版の解説にもありますがその後「ニュージャーナリズム」という名前は何にでも冠され過ぎて雲散霧消、何年もしないうちに誰も口にしなくなってしまいました。しかし、そう言うことには全く関係なく、この作品の持つ価値というのは未だに色褪せていない、と再読して感じました。

カンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。被害者は皆ロープで縛られ、至近距離から散弾銃で射殺されていた。このあまりにも惨い犯行に、著者は5年余 りの歳月を費やして綿密な取材を遂行。そして犯人2名が絞首刑に処せられるまでを見届けた。捜査の手法、犯罪者の心理、死刑制度の是非、そして取材者のモ ラル―。様々な物議をかもした、衝撃のノンフィクション・ノヴェル。

 学生時代に読んだ時は、犯人の一人リー・スミスの苛烈な家庭環境が影響したと思われる特異な人格に関する微に入り細を穿った記述に目を奪われ、一方であまりの枝葉の多さに辟易した覚えがありました。何しろ犯人二人、被害者の家庭の詳述な記載のみならず関わった多くの家庭についてもここまで書くか、というくらい詳細に記載されていますし、この事件に何の関係もない他の死刑囚の罪状についても事細かに記載されているのですから。
 というわけで当時はペリー・スミスに焦点を絞って書いたほうが良い作品になったのではないか、なんて生意気に思っていましたが、子を持つ親の身になった今読み返してみると、前回とは全く逆に様々な家族の絆についての記述が涙を誘います。逆に当時は信じられない思いだったペリー・スミスという人物が、現在という世の中では十分理解可能、というか巷に溢れている愚劣な殺人事件の数々に比べればまだしもノーマルに感じられてしまいます。また、今一度生意気なことを言わせてもらえれば、これだけの長編で一部の隙もないと思える構成の見事さには感嘆の念を禁じ得ません。

 というわけで、ノンフィクションでありながら小説として十分な読み応えがあり、しかも再読に耐える作品というものにはそうそうお目にかかれるものではないと思いますが、これはその稀有な例の一つでしょう。やはり「アンファン・テリブル」の他称そして「ヤク中アル中の天才ホモ」との自称は伊達ではなかったと言えますね。その取材方法が「物議を醸した」と帯にあり

「冷血」とは実はカポーティ自身のことか

とかも言われてますが、そのあたりは映画で堪能できる日を楽しみに待つことにしましょう。そう言えばもうすぐアカデミー賞の発表ですね。