ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ティンブクトゥ

ティンブクトゥ
ティンブクトゥ

は: おや、ご主人様、犬も飼った事無いのに犬の本でございますか?
ゆ: 別に犬が見たくて買ったわけじゃないぞよ、ポール・オースター柴田元幸の黄金コンビだから買ったのじゃ。

作: ポール・オースター
訳: 柴田元幸

犬のミスター・ボーンズと飼い主の詩人ウィリーは初めから気のあう仲間だった。放浪癖のあるウィリーは、一緒に旅をしながらぶっ続けで話をしてくれた。だからミスター・ボーンズは、言葉を理解出来るようになった。そしてウィリーはもう先行き長くないー。出会いの喜び、別れの悲しみ。犬の視点で、世界を描くことを成功させた、オースターの最高傑作ラブ・ストーリー。(単行本帯より)

は: で、いかがでございました、犬小説は?
ゆ: はむちぃ、君何か犬に悪意でも(^_^;)、たしかに"shaggy dog story"て言うのはツマラン小説の事を指すらしいが。まあ、確かにオースターにしてはえらいまともなストーリーの小説を書いたもんだな、彼がこのような「普通の小説」を書くと少し散漫な印象になっちゃいますね。

は: オースター様といえば、ポストモダン的階層性、不条理性、緩やかに崩壊していく自我、静かに破滅へ向かう結末、そして雑多なアクネドートあたりが持ち味でございますからね。
ゆ: そうそう、それが今回の小説では不条理なところと言えば

犬が人の言葉を理解する

と言うところくらいだからね(^_^;)。それって、動物小説の常套手段でしかないからちょっと辛いよね。階層性にしても、ちらっとオースター自身がウィリーの友達として出てくるくらいだったね。あとは犬の夢が階層的なくらいかな。

は: それに今回はあまり横道にそれるような小話(アクネドート)も出てきませんしね。
ゆ: そうそう、ストーリー展開がこれほど一直線なオースターの小説って珍しいよね。まあ、主人公の詩人ウィリーの抑制の効かない垂れ流しのしゃべりの中に出てくる無数の固有名詞や地口あたりが今回はそれに該当するんでしょう。ペイパーバックで読んだ時には殆どすっ飛ばしてたんだけど、今回訳を読んでもやっぱり名詞だけじゃ面白くなかったな、このあたり柴田先生も大分苦労はされてますけどね。

は: では今回はあまり面白くなかった、と言うことで終わりでございましょうか?
ゆ: うーん、でもやっぱりオースターらしいほろっとさせるところや、にやっとさせるところは随所にあったけどね。
は: 例えばほろっとさせるところとはどのようなところで?
ゆ: ウィリーが死の床で、探し続けていた恩師ミセス・スワンソンと遅すぎた再会を果たすところです。
は: それを

蝿になった犬

が見てるんですよね。
ゆ: そう言われると結構シュールだな(^_^;)、読んでるとそうも感じないんだけど。この、ほんの数ページしか登場しないミセス・スワンソンの人物造型が今回一番秀逸でしたね。
は: ではにやっとさせるところは?
ゆ: ユダヤ人の方には大変な問題で、笑うどころじゃないでしょうけれども、ウィリーがブラウン管の向こうのサンタクロースから啓示を受けてしまって腕にサンタの刺青を入れてしまい、敬虔なユダヤ教徒の母親が激怒するところなんかですね。

は: ということで、オースターファン、柴田先生ファンにはそれなりに楽しめる小説でございます。犬好きの方もそうでない方も一度「オースター&柴田」の独特の語り口を経験してみてくださいませ。
ゆ: 本書を上梓されたばかりで申し訳ありませんが、柴田先生にはこの次に出た大作「The Book of Illusions: A Novel(幻想の書)」の訳をとーっても期待しております。