ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

照柿(文庫化)

 さて、10万キリ番記事の後と言うことで、仕切りなおしで気合入れていきまっしょい!
 ということで、暑苦しいのは承知の上で満を持しての登場です。12年間待ち続けました、文豪高村薫女史の合田刑事シリーズ第二幕「照柿(てりがき)」待望の文庫化です。
照柿(上)
照柿(上)

照柿(下)
照柿(下)

全面改稿 待望文庫化!
「あの人殺しが遂に死んだか」
暑すぎた夏、2人の男が堕ちていく。

ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死(れきし)した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが美保子は、幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる。

難航するホステス殺害事件で、合田雄一郎は一線を越えた捜査を進める。平凡な人生を十七年送ってきた野田達夫だったが、容疑者として警察に追われる美保子を匿いつつ、不眠のまま熱処理工場で働き続ける。そして殺人は起こった。暑すぎた夏に、二人の男が辿り着く場所とは―。現代の「罪と罰」を全面改稿。(AMAZON解説より)

 高村薫女史の作品中でもとりわけ人気の高い合田刑事三部作とは「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー」を指します。なかなかの壊れっぷりを見せる合田雄一郎と義兄の検事加納祐介とのほのかな交感が女性ファンにはたまらんようです(^_^;)が、もちろんそれだけではありません。
 高村作品を貫くその圧倒的なリアリズムが、警察と言う組織を徹底的に白日の下に晒していく過程、登場人物の容赦ない心理描写、巧みなストーリーテリング等が、凡百のミステリーや推理小説を圧倒する、日本ミステリー界の最高峰を形成する内容を備えた傑作3部作といえましょう。実際、合田刑事が退屈しのぎに読む推理小説を嘲笑する場面も出てきますから、高村女史も相当の自負を持って書いておられるのでしょう。

 さてこの「照柿」、12年前初出版時、ファンには圧倒的な高評価を得て傑作の仲間入りをした作品です。
 他の2作品が映画化されていて、この作品はされていない(確かTVドラマ化はされました)ことから分かるように、ストーリーの面白さという点では一番地味な作品です。しかし何と言っても壊れていく人間たちの心理描写が凄い!宣伝文句どおりドストエフスキーの「罪と罰」に肉迫する内容を持っています。実際、今回の解説を読むと、本当に「罪と罰」を意識した作品を書いて欲しいという要請があったとか。しかし、それにすんなり応えるばかりか「白痴」や「悪霊」の精神性をも包含する作品を書いてしまうとは何という人なんでしょうか。

 ネタバレはいけませんので上記解説程度の梗概だけにしておきますが、とにかく

熱気
不眠
焦燥

が全編を貫いていて、照柿色に染まっています。ですので、とにかく

暑苦しい。

特に野田達夫の勤める工場内の描写など、本当にこちらも汗が吹き出してきて気分が悪くなりそうなほど。恐ろしいほどの取材力と筆力です。それに女史特有のハイブラウな文学・芸術の知識が重なってくると分けがわからないうちに高村ワールドへどっぷりと浸って身動きがとれなくなります。この

膠着感

というのは三部作中でも群を抜いている気がします。えっ、そんな小説読めるか!って、まあまあお客さんダマされたと思って読んでみなさいって(テキヤ風。

 さて、読者にとって悩みでもあり楽しみでもあるのは、女史の責任感と自負のせいか、出版の機会があるたびに必ず改稿が行われる事。極端な例を挙げれば「この手に拳銃を」など「李歐」というほとんど別の作品になってしまいました。
  ですから、以前MAO.Kさんから、「高村薫女史は頻繁に改稿するのでいつ読んでいいかわからない」旨のコメントを頂きましたが、まあ当然の意見だと思い ます。しかし、ファンとしてはその都度読むしかないのですよ。最終稿が完成形というのでもなく、その時点その時点でベストの作品に仕上がるように書いてお られるらしいですから。

 さて、その改稿度ですが、悲しいことに原作が現在拙宅にないもので正確には比較ができないのです(をい、、、が、一読した限りではそれ程ドラスティックな改稿はなく基本的には前作と大きくプロットの変わるところはありませんでした。旧作ファンも一安心。
 解説やファンサイトを覗いてみましたが、贅肉をそぎ落とす感じの文章のブラッシュアップ、合田と加納兄妹との経緯の若干の変更、次作レディ・ジョーカーへの橋渡しを意識した記載追加等が目立つ程度のようです。

 びっくりしたのは野田達夫の父が入れられていた有料老人ホームが「奈良県橿原市」にあると書いてあった事、なんと私の故郷なんですよね。前作でも書いてあったんだろうか?あったら強烈に印象に残っていると思うのですが。

 まあそれはともかく、個人的に一番の改善点だと思うのは合田と野田達夫の距離。私の記憶が確かならば、初版では最後に合田が確か

好きやっ

と叫ぶのですが、「こりゃ男色趣味が過ぎますぜ、高村女史!」と思いましたね。今回その様な記載はなし。すっきり!でもその分加納との距離が縮まってる気もしますが(^_^;)