ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

鴨居玲展@小磯記念美術館

ReyKamoy

Old man look at my life, I'm a lot like you were. (Old Man/Neil Young)

 以前小磯記念美術館話題を取り上げた事がありましたが、今日はそこで催されている「特別展 没後20年 鴨居玲展 -私の話を聞いてくれ-」を鑑賞してきました。洋画家・鴨居玲(かもい・れい、Rey Camoy、1928-85)は、

人間の孤独、不安、運命、そして生命とは何かを、厳しい眼差しで見つめ、鋭問い続け(小磯記念美術館HPより)

苦悩の画家であり、寒色系の暗鬱なイメージがあります。でも一方で、三ノ宮センター街にある老舗眼鏡店マイスター大学堂にいつも絵が飾ってある(第2代店主さんが親交が深かったそうです)事でもわかるように、神戸近辺を拠点に活躍しておられた方で、我々兵庫県民にはとても身近に感じている画家でもあります。
 
 今回は彼の全貌が把握できるに等しい116作品をゆっくりと鑑賞し、あらためて彼の作品の凄みを堪能することができました。感じたことを、
なにがしかのまとまった文章にしようと思いましたが、正直なところ彼の作品は本当に難しい。いくつか散文的に印象を箇条書きにするしかないようです。

1: 油絵らしい油絵である
 
素人の表現で申し訳ありません。展示してあった解説の助けを借りると、彼の作品は油絵らしい「マチエール(絵肌)」の量感に満ちています。それは特に人間の肌などの表現に顕著です。至近距離に近づくと油絵具がカンヴァスにランダムに塗りつけてあるとしか見えないものが、距離を取るにつれ見事な具象に変化する、あの油彩独特のリアリティが彼の場合予想以上の重量感を持っている事を実物を見て実感しました。

2: 寒色系だけの画家ではない、が
 
鴨居玲といえば、青、緑、黒の寒色系のイメージが強いと思います。特に透き通るような美しくも怜悧なのイメージが私には強かったのですが、意外にもその色を使っているのは「教会(冒頭コラージュ中央右)」シリーズ等、彼の後年の作品群の一部に過ぎませんでした。全体的にはやはりが彼の作品群を覆い尽くしていますが、意外にも「」や「出を待つ(道化師)(冒頭コラージュ中央下部)」では見事なが目を射ます。でもその赤でさえ暗い感じがするところが彼独特の資質なのでしょうね。

3: 老人画が圧倒的に多い
 
彼は「人間にしか興味が無い」と公言していたように、人物像ばかりを描き続けました。例えば、同じ時代に渡欧した佐伯祐三がフランスの建物や風景に活路を見出したのとは対照的に、彼はやはりその土地の人物像を描き続けました。それも老人が圧倒的に多い。思わずニール・ヤングの「Old Man」を口ずさんでしまいましたよ。
Harvest
Harvest

 1ともだぶりますが、肌の質感にリアリティを求めれば求めるほど、彼のモチーフは美しいものより醜いものに傾いてしまい、その結果老人像が多くなっていったようです。ちじれて薄くなった髪の毛や、乱雑に伸びてしまった髭などが彼の絵の通奏低音となってしまっていることを、今回の数多くの作品を見て痛感しました。
 逆に言うと、小磯良平画伯のような上品な夫人像や裸婦像は彼は苦手だったようです。裸婦像は二品しかなく、背面から描いた像には、写真なら修正を入れないといけないような皺や襞がそのままにくっきりと表現されています。モデルとなった人が見たら泣き出すかもしれません。

4: 目が無い
 
これが今回最も衝撃を受けた点です。彼は人物像に生涯を賭けたにもかかわらず、今回展示されている全ての作品に於いて、黒目、白目、瞳孔がきっちりと描かれている人物は一つとしてありませんでした。初期の作品で僅かに黒目の輪郭が分かるくらいです。大抵の場合目を閉じているか、開けていても茶色に塗りつぶされ、中には茶色の涙が滴っているものもあります。

 試しに彼の後期の傑作で、今までの主要なモチーフとなった人物像を一堂に会した「1982年私(冒頭コラージュ中央で色調が反転しているのが自画像、周囲が人物群)」を、冒頭の特別展のリンク先で御覧ください。誰一人として目を判別できる人がいません。

 目は魂の窓と言います。それを描か(け?)ない、凡庸な言葉ですが、

画龍点睛を欠く

ところに彼の底知れぬ苦悩があったのでしょうか。ここまで徹底的に魂の苦悩を描こうとすると、確かに美人像など到底描けなかったのも頷けます。それを由とするか否とするかで、彼に対する評価、好き嫌いも決まってくるのでしょうけれど、私は好きですね。そんな彼が大学堂眼鏡.店と親交があったというのも何かアイロニーを感じさせて微笑ましい、かな

 人物像以外ではと十字架形に影を落とす浮遊する「教会」群が素晴らしいと思いました。

 3月26日まで開催されており、3月5日には伊藤誠氏による講演会も行われます。どうぞ機会があれば、六甲アイランドまでお出かけください。