ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

命あまさずー小説石田波郷

 先日読みかけの本がまだ2,3冊あると書いたのですが、そのうちの一冊がこれです。最近少し下火ですが、西武、コクドの堤義明氏が新聞の一面をにぎわしていた頃に、ふと思い出して買いました。

命あまさず―小説石田波郷 辻井喬
命あまさず―小説石田波郷

 何故かというと、この本の著者辻井喬という方、実は堤清次氏で西武流通グループの経営者なのです。義明氏とは異母兄弟ですが、文人経営者との誉れ高い方で当然?ながら義明氏とは以前から常に距離を置いておられるようです。

 でもって、この辻井喬氏は俳句にも造詣が深いそうで、私の好きな俳人石田波郷を題材にした小説を書いておられることは以前から知っていたのですが、これを機会に読んでみようかと思ったわけです。

 ところがこれが意外や意外難物だったのです。文章は全く平易で、失礼ながら私の好きなほかの小説家に比べると文体は平凡です。また、短編小説の積み重ねといった体を取っており、一章読むのに半時間くらいあれば十分。なのに何故進まないか?

 波郷の俳句を引用していないからなのです(涙。波郷が

俳句は文学ではない

と主張したのに呼応してか、辻井氏も

小説というジャンルの独立性を明確にしておきたかった

そうです(-_-;)。おいおい、読む方の都合も考えてくださいよ、おそらく無理やり買わされたであろうお宅の社員なんかあまりに退屈で泣いてますよ。俳句の一つも入れとけば、波郷のファンが少しでも増えたかもしれないのに。

 では、俳句抜きで波郷をどう語るのか?文章でそれとなく波郷の句を表現しようと考えられたわけです。たとえば、松山から上京したばかりの若い頃の心の葛藤を描く第一章では、主人公が見る夢の描写が最後の方に出てきます。

誰か知らない人と一緒に秬(きび)を燃やしていた。(中略)一面に燃えさかる火のなかに、健康そのもののような緑色のいなごが、秬(きび)の茎に止まっているのだった。(助けなければ)と思った時、いなごが飛び立ち、拡げた内側の透明な翅にぱーっと火が移り、眩く輝いて消えた。

この文章は明らかに、初めて「馬酔木」の巻頭を飾った名句

秬(きび)焚きや 青きいなごを火に見たり

を下敷きにしています。(いなごは漢字なのですが、難しい字で探せませんでしたm(__)m)

 こんな具合で読者が文章を読みつつ波郷の句を掘り起こしていかねばならないわけです。だから私もそれっぽい文章があるとすぐ波郷全集をひっくり返して、という作業をえんえん続けております。ようやく半分読み終わりましたが、見逃している句があるのではと思うと後ろ髪引かれる思いで前に進まねばならず、結構苦痛になってきております(T_T)。著作権の関係もあるので、これ以上文章を引用するわけにもいきませんが、私が見つけた句を第八章まで掲げておきますので興味ある方は探してみてください。私が見逃した句を見つけられた方は是非ご教示くださいませ。ウォーリーをさがせ!状態ですね、ほんと。

第二章:桜の木の下で

大坂城ベッドの足にある春暁

(水原秋櫻子のもとでの修行時代、大坂での句会にお伴して)

第三章:朝の虹

あえかなる薔薇撰りおれば春の雷

(女性編集者へのほのかな想い)

翡翠(かわせみ)や露の青空映りそむ

(高尾山での句会の翌朝、もの思いから醒めて)

第四章:長い雨

英霊車さりたる街に懐手

(鬱々とした暗い戦時下の心の葛藤)

第五章:妹の上京

石竹やおん母小さくなりにけり

椎若葉東京に来て吾に会はぬか

兄妹に蚊香は一夜渦巻けり

蝉の朝愛憎は悉く我に還る

(これは章名のとおり、というか此の句のとおりに話を作っていった感じ)

第六章:おとし

雪降れり月食の汽車山に入り

(長期滞在した那須の旅館の女中とのほのかな交感を描く章。此の句は知らなかったがいい句ですねえ)

第七章:白き花散る

縁談を措き来し旅の春惜しむ

(縁談から逃げるように奥州路へ旅立って)

第八章:葭切(よしきり)の声

葭雀二人にされてゐたりけり

(下町の女性との縁談が心ならずも進んでいくうちにその女性を気に入っていく章)

 最後にこの場をお借りして4月15日に御亡くなりになられた藤田湘子(しょうし)氏に哀悼の意を捧げさせていただきます。氏は波郷のあとを受け継いで長く「馬酔木」の編集主幹をしておられました。合掌。