ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Tender Is The Night

tender_is_the_night  この写真は先日の記事で取り上げたスコット・フィッツジェラルドの「Tender Is The Night」のペーパーバックです。

 随分前に買ったものですが、とにかく美文家で知られたスコットの晩年を代表する長編ですから、素人の私が読むのには大変でした。あと少しというところでついに音を上げてしまい、ヤフオクで谷口陸男氏の和訳を買い求めてしまいました。ところがこれまた苦労の連続だったのです。というのも実はこの小説は2ヴァージョンあるのです。そして写真のペーパーバックがオリジナル版、日本語の文庫本の方がカウリー版だったのです。

梗概:第二次大戦後まもなく精神科医ディックはスイスの精神病院で大富豪の娘にして美貌の患者ニコルを治療しているうちに恋に落ちてしまい、周囲の反対を押し切りついに結婚します。最初のうちは何とかうまくいっていた二人ですが、やはりニコルの病気は再然を繰り返すようになりリヴィエラに転地療養に出かけます。そこで出会った新人女優ローズメリーはディックに一目惚れし、ディックもまた徐々に彼女に傾いていきます。さてその行く末はーー。

 こう書くと何のことは無いメロドラマですが、不思議なほど品のある作品(村上氏によれば”不思議な徳”)となっており、またスコットの奥さんにして実際精神を病んだゼルダとニコルを重ね合わせて読んでしまうため、深い感慨を覚えます。ヘミングウェイは最初読んだときは何とも思わなかったが、後に雷に打たれたようにこの小説の素晴らしさが分かったと告白しており、村上氏も同様に述べています。

Tender-JP夜はやさし (上巻)
夜はやさし (上巻)

夜はやさし (下巻)
夜はやさし (下巻)

この2冊の写真を左に示します。今は残念ながら絶版となっていますが、ヤフオクには時々出ます。

 さて、2ヴァージョン存在する辺りの事情は村上春樹氏のザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック(中公文庫)に詳しいのですが、簡単に言うとこういうことです。

 あの傑作The Great Gatsbyを超えた、と言うくらいの自負と自信を持って出したこの作品が、実際にはあまりにも不評であったためスコットは大変なショックを受けました。そしてこれが彼の、読者や文学に対して誠実なところなのですが、なんと書きなおしの作業に入りました。しかしその完成を見ずに亡くなったため、文芸批評家であったマルカム・カウリーという方がスコットの指示を下に編纂しなおしたものが出版されることとなりました。だから通称カウリー版と呼ばれています。

 一言で言って内容は全く変わらず、章分けをオリジナルの3部から順番を変更した上で5部にした、と思っていただいてよいでしょう。オリジナルではいきなり太陽輝くリヴィエラでローズメリーがディック夫妻に出会うところから始まり、カウリー版では順序どおり、スイスの療養所から始まります。

 ではカウリー版の方が断然優れているのかと言うと、実はそうとも言いきれないのです。村上氏もおっしゃておられるようにどちらにも美点と欠点があり大抵は先に読んだ方を気に入るようです。だから私はいきなりリヴィエラの眩しい太陽が降り注ぐ場面から始まるオリジナル版の方が、読みきれはしなかったものの好きですね。