不思議な炎に焼かれているのなら声をあげて 名前を呼んで
一度だけでも それが最後でも
誰にも傷がつかないようにと
独りでなんて踊らないで どうか
私とワルツを
まだ目立った便りの無い鬼束ちひろの「私とワルツを」から抜粋しました。この曲はTVドラマ「Trick3」のエンディングテーマでしたね。鏡を使った少しエロティックな不思議な感覚を持った映像とよくあっていたように思います。
漢字二文字ー三文字の題名が多かった鬼ちゃんの歌ですがこの題名は少し異色ですね。もうどこかで解説があるのかも知れませんが、自分はこの曲名を聞いて思い出した小説がありました。それが上記の写真です。これはゼルダ・フィッツジェラルドの「Save Me The Waltz」(邦題「ワルツは私と」)という小説の表紙写真です。村上春樹氏のザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック(中公文庫)に載っています。
ゼルダは米文学を代表する作家スコット・フィッツジェラルドの奥さんですが、奥様なんて言葉が最も似つかわしくないタイプの自由奔放な女性でした。1920年代初頭「ジャズ・エイジ」の旋風児としてスコットがもてはやされたのは、彼の天与の文才に加えてゼルダとの奇行の数々があっての事でした。噴水に飛び込んだりタクシーの屋根に乗ってパーティーに出かけたり、車の前に寝そべってスコットに轢かせようとしたり、お札を燃やして遊んだりとやりたい放題の彼女から「フラッパー」と言う言葉が出来たのも有名な話です。
そんな二人の絶頂期は残念ながらと言うか当然と言うか長くは続かず、ゼルダは次第に精神を病んでいくようになり、スコットも酒に溺れていきます。ゼルダは何回も入退院を繰り返した末に精神病院の火事で非業の最期を遂げます。その彼女が既に精神を病んでいて入院中にもかかわらず、僅か1か月程度で書き上げた長編小説が「ワルツは私と」なのです。
ところがこれを聞いて烈火のごとく怒ったのは誰あろうスコットでした。彼が執筆中だった晩年の傑作小説「Tender Is The Night」(邦題「夜はやさし」)と主題がかぶっていたからです。
その辺の経緯は上記村上氏の文庫本に詳しく書かれていますので、興味があれば読んでみてください。
残念ながら私は「ワルツは私と」は読んだ事が無いのですが、「夜はやさし」とかぶっているとすれば、ヒロインはおそらく精神を病んでいるのでしょう。村上氏によれば、小説としての骨格は弱いが表現等に独特の感覚があるそうです。
鬼束ちひろの歌詞も、感性が研ぎ澄まされすぎて自分の身を切って血を流しているのではと思えるほど痛々しいものが往々にしてあります。上記歌詞も何か切羽詰った心の揺れを感じさせますね。
ゼルダと通じるところがあるかも、というと鬼束ファンに怒られそうですが、彼女がこの題名を採用したということはおそらくこの小説のことは意識していたと思います。彼女の健康がすぐれないと言う噂が本当なら、身体だけではなく精神の問題もあるのでは、と愚推してしまうのは杞憂でしょうか。それならいいのですが。