ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

胎児細胞移植と「レナードの朝」

 最近中国で脊髄損傷患者に対する胎児細胞の移植が多数行われているとの報道がありました。中国には失礼なのを承知で言えば、倫理規定のまだ甘い国ならではのトライアルだと思います。確かパーキンソン病に対して胎児脳移植を最初にやったのもメキシコではなかったかと思います。こういう倫理規定に引っかかりそうな先進医療は医療最先進国からはまず出てきません。

 こういうことがあると思い出すのが「レナードの朝」という映画です。1920年代に大流行した嗜眠性脳炎の後遺症で無動無言固縮になってしまった(だから意識はあるわけで厳密に言うと眠り病ではないのですが)患者に対して、ある神経内科医がL-DOPAというパーキンソン病の治療薬を使用して劇的改善を一時的に見るが、現実は厳しくその後ーー、というヒューマニティあふれる涙なくしては見られないという作品です。ロビン・ウィリアムスロバート・デ・ニーロの名演もあり今でも名作の誉れ高い映画です。またまたニュー・シネマ・パラダイスさんの素敵なイラストをお借りしました。ロビン・ウィリアムスの演じるセイヤー医師の優しさがにじみ出ていますね。

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 私も見て大変感動したものの一人です。そしてこの映画が更に感動を呼ぶところは、実話に基づいているという点にあります。しかしだからこそ注意しなければいけない点はあります。これは1960年代という今ほど厳密で医師が金縛り状態になるような倫理規定や医療裁判の嵐がなかった「古き良き時代」の話であるということは認識しておかねばならないという点です。主人公の医師としての資質、人間性ともに大変優れていることには何の異論もありませんが、もし今このようなトライアルをこの医師がしてあの結果になれば大変な非難を受けることは想像に難くありません。売名行為であると批判を受ける(こういうことは学会レベルでの共同研究で行われるのが常識)でしょうし、あれだけの副作用をあの頻度で出せばまず間違いなく家族のうちの誰かが訴訟をおこすでしょう。いわゆる「薬害事件」としてマスコミもあおるでしょう(抗癌剤イレッサの一連の流れを見ればお分かりになるでしょう)。承諾書をもらっているじゃないかという意見もあるかもしれません。しかしあの映画を見た限り(原作を読んでいないことはご容赦ください)あれは承諾ではなく誘導です。いまのアメリカの承諾書は本一冊にもなろうかという分厚いものになってきています。それを全部読んでOKしろというのもどうかと思いますが、それが現実です。

 医療先進国の現代医療はこのように、一医師の良心や熱意だけではどうにもならないところまで来ています。かといって後進国なら何をしてもいいというわけでもありません。願わくば中国の胎児移植を行っている医師が売名行為や出世欲、お金のためでなく純粋な患者に対するシンパシーを持ってくれていますように。