ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

黄昏の百合の骨 / 恩田陸

黄昏の百合の骨 (講談社文庫)

  恩田陸の理瀬シリーズのレビュー三作目、「三月は深き紅の淵を」「麦の海に沈む果実 」に続く「黄昏は百合の骨」です。「麦の海」の後日譚と言える作品ですが、ここにおいても恩田陸は様々な伏線を張り巡らせ、数々のエピソードを連ね、最後には見事に(忌まわしい)真相を明らかにし物語を処理してしまいますが、実はそれからあとに真の恐怖がやってきます。前作よりはこじんまりとした物語とは言えさすが恩田陸、一筋縄では終わらせません。

 さて、「麦の海に沈む果実」のラストで学園を去った中学生水野理瀬は高校生となっています。イギリス留学中でしたが祖母の急死とその遺言により、長崎にある祖母の屋敷に半年間滞在を義務付けられて戻ってきています。
 その屋敷は「訳アリ」の物件で百合が多く植えられ強い芳香を放っていることから「白百合荘」と呼ばれていますが、理瀬とは血の繋がっていない祖父(死亡)方の伯母梨南子(姉)と梨耶子(妹)が出戻りで住み着いていました。亡祖母もこの伯母二人も近所付き合いがほとんどなく近所から気味悪がられていることから「魔女の館」とも呼ばれています。

 この二人、姉は上品、妹は下品と対照的ではあるのですが、両方とも亡祖母が莫大な遺産を隠していたと信じており、帰ってきた理瀬がカギを握っているとにらみ常に監視しているようです。
 「麦の海」の理瀬なら精神的に参ってしまうところですがさにあらず、詳しく書くと前作のネタバレになってしまうので伏せますが、随分タフかつしたたかになっています。

 そんな彼女の息抜きはやはり学園生活。そして頼りにするのは従兄弟の二人。箇条書きで主要人物を紹介します。

脇坂朋子: 隣家の同級生で気さくで明るい理瀬の親友。雅雪に言わせれば精神年齢は見かけより低く、賢二を無理やり紹介されて困っている。実はあこがれを抱いている人がいる。
脇坂慎二: 朋子の弟で病弱な美少年。理瀬にほのかな憧れを抱いているとともに、白百合荘の凶事もなにか知っているよう。
勝村雅雪: 朋子の幼馴染で聡明さと繊細さと大胆さを持ち合わせ、「麦の海」の黎二を思わせる好漢で理瀬も好感を抱いている。父は白百合荘を管理する弁護士。
田丸賢一: 雅雪と同じ高校の親友で朋子に恋している。
(わたる): 理瀬の従兄。聡明で明るく、京都の大学で学びながら既に会社も経営している青年実業家、アメリカへ留学予定。
(みのる): 同じく理瀬の従兄で医師。理瀬とは「同じサイド」にいて怜悧である。

 さて、これだけのお膳立てをして美しい長崎の風景を背景に様々な謎が渦巻き事件が起こります。これも箇条書きにしますと

・祖母の手紙にある謎の「ジュピター
・祖母の死の謎
・白百合荘自体の謎
・頻繁に投函される嫌がらせの手紙
・脇坂家の猫の毒殺死
・田丸賢一の失踪
・上記の主要登場人物の事故死

誰が敵で誰が味方なのか、誰が犯人で誰が被害者なのか、前作と同様謎が謎を呼んで読み始めたら止まらないノンストップ小説、もう終わりかというギリギリの線ですべての謎は明らかとなります。後処理にはかなり無理やり感はあるものの「麦の海」のあの人も登場しますので、まあ満足できる結末となっています。
 が、イギリス留学に戻る理瀬を待ち受けていたものは。。。最後のツイストが効いていてラストギリギリまで楽しめるとともに、続編への期待が膨らみます。

 とは言え続編である「薔薇のなかの蛇」の「メフィスト」連載が2012年末で止まってしまっており、完結していないのは残念です。他に理瀬を主人公とした作品は短篇集「図書室の海」に収録されている短編「睡蓮」が出版されているのみですが、これは理瀬が小学生の頃のエピソードです。

 最後に本作の特徴として恩田陸が「善悪」の概念と「」についてかなり踏み込んでいるので触れておきます。

 基本的に世界は「悪」であり、「善」はその上澄みに過ぎない。その上澄みで暮らしていける人は幸せであるけれど、自分が上澄みに住んでいることを知らない。「正義」とはグロテスクなものだ。
 これだけの事を高校生にして体験し認識するようになった理瀬は気の毒でありますが、まだ完全に「ダークサイド」に落ちたわけではない、と思いますし信じたいです。その証拠に一見「善」の側にいる人物の「悪意のない悪」に翻弄され動揺しています。まあ、すぐに立ち直りますけどね。このあたりの恩田陸のプロットは見事だなと、思います。

 そして性について。実は少しネタばらしをすると「麦の海」で初体験(?)を示唆する描写が最後にあり、彼女のフィアンセはもう決まっています。が、この物語ではそれこそ「悪意のない」心でで男性二人と接する理瀬。このあたり、理瀬のファンはやや複雑な思いで(特に男性は)読んでいるでしょうね。

 こう書いてくると暗くてどろどろとした救いようのない物語のように思われるかもしれませんが、それほど雰囲気は暗くなく、学園モノの楽しい描写もありますし、長崎の風景描写も恩田陸ならではの感性を感じます。例えば何気ないこんな文章にも。

柔らかくオレンジ色に霞み始めた海を白い船が行く。」

 そして最後に一言、このシリーズを担当している北見隆氏の表紙画や挿入画も相変わらず見事で、存分に楽しめます。