ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

マイ・ファニー・レディ

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 ピーター・ボグダノヴィッチ監督が帰ってきました!彼の久々の最新作は「マイ・ファニー・レディ」、ステキで洒脱な典型的ハリウッド・スクリューボールコメディです。FBの友人やジムの映画仲間の方が良かったと言っておられたので早く見たかったのですが、今日ようやく家内と二人で観ることができました。

 私が初めてボグダノヴィッチ監督の映画に出会ったのは「ラスト・ショー」、その後「おかしなおかしな大追跡」「ペーパー・ムーン」と立て続けにヒットを飛ばしましたが、今でもテキサスの片田舎の閉館する映画館を舞台にした青春映画「ラスト・ショー」の印象は圧倒的で、オールタイムベスト5を選べと言われれば必ず入れる作品です。

 そういう意味では、彼が今頃になって本作のようなコテコテのハリウッド・コメディを作るのは意外でした。一方で、古き良きハリウッド映画に限りない愛情と尊敬の念を抱いている彼のことですから、フレッド・アステアオードリー・ヘップバーンマリリン・モンローと言ったハリウッド黄金時代の銀幕の中の憧れの存在であり続けたスターたちへのオマージュとして作ったこともよくわかります。

 だから現実のアメリカ社会は人種問題・宗教問題に揺れ続けていますが、この映画の舞台は貧富の差はあれど浮世離れしたNYの白人社会、黒人もヒスパニック系もネイティブアメリカンもほとんど登場しません。そういう意味では、中年層以上のアメリカ白人のための映画、ちょうど関西人にとっての吉本新喜劇みたいなものでしょう。

『 原題: She's Funny That Way
2014年 アメリカ映画、配給:彩プロ

スタッフ:
監督: ピーター・ボグダノビッチ
脚本: ピーター・ボグダノビッチ、ルイーズ・ストラットン

キャスト: オーウェン・ウィルソンイモージェン・プーツ、キャスリン・ハーン、ウィル・フォーテ、リス・エバンス、他

ペーパームーン」「ラスト・ショー」の名匠ピーター・ボグダノビッチ監督が、長編劇映画としては約13年ぶりに手がけた群像コメディ。自身の妻を主役にした舞台を控える演出家がコールガールと一夜を共にするが、実は彼女は女優の卵で、舞台のオーディションに合格したことから思いも寄らぬ騒動が巻き起こる。オーウェン・ウィルソンが主人公の演出家アーノルドを演じ、イモージェン・プーツジェニファー・アニストンが共演。2014年・第27回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門では「シーズ・ファニー・ザット・ウェイ」のタイトルで上映されている。

(映画.comより) 』 

 ハリウッド・コメディはハッピー・エンドでなくてはならない、という鉄則を逆手にとって、この映画のアバンタイトルは、成功したセクシー女優がシニカルな映画批評家のインタビューを受けるシーンです。
 言わば倒叙劇で、そのインタビューをアウトラインとして、いかにNYのコールガールがハリウッドスターになったかが描かれていきます。心理療法士が「名前を変えると人生も変わる、イジーはやめてイザベラに戻しなさい」と主人公にアドバイスするのは、ヌードモデル「ノーマ・ジー」が「マリリン・モンロー」になったのを思い起こさせます(彼女も演技派になろうとしてシニカルな映画批評家に随分たたかれました)。

 とは言え内容はシリアスなものではなく、男と女のドタバタ劇にいろんな脇役が絡んでくる徹底したハリウッド方式のコメディ作法で描かれるシンデレラ・ストーリー。もうタイトルデザイン、演出、演技、脚本、美術、カメラワーク、音楽に至るまで、これ以上ないという位のスクリューボール・コメディ
 コールガール大好きのブロードウェイ演出家が新作の主役のコールガール役に実際に自分がお相手してもらった本物のコールガールを抜擢する羽目になって巻き起こる大騒動を最後まで笑って楽しめます。

 ボグダノビッチ監督は十年以上前に夫婦でこの劇を書き上げ、その元妻と親友であった俳優ジョン・リッターを起用して映画を作る予定でしたが、その男優が亡くなった事により頓挫してしまいました。そこで今回起用された主演女優はまだ無名のイモージェン・プーツ、とても可愛くてしかもしたたかな感じを良く出しており、これを機会に売れていくと良いな、と思わせる好演でした。
 亡くなったジョン・リッターがやるはずだった女好きの演出家を演じるのは、ボグダノビッチの親友オーウェン・ウィルソン。「ナイトミュージアム」シリーズやウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」等でもう売れっ子、主人公イジーと奥さんの間にはさまれての狼狽振りはもう安心して笑っていられます。その他にもエキセントリックな心理療法士を演じるジェニファー・アニストンをはじめとして芸達者揃い。
 一言加えておけば、最後にチラッと登場する心理療法士のアル中の母親役は「ラストショー」のシビル・シェパード

 さて、これからご覧になる方々へのワン・ポイント・アドバイスを二点。

#1:「胡桃にはリスを

 しばしば登場する台詞。演出家の口説き文句で、実は某映画のパクリでフレッド・アステアの台詞(これは最後に出てきますのでお見逃しなく)なんですが、「ハイドパークでリスに胡桃をあげる人は一杯いるけれど、胡桃にリスをあげる(Squirrels to the Nuts)人がいたっていいじゃないか」というもの。買ったパンフレットの解説でさえ「くるみちゃん」としか書いておらず真意を伝えていません。Nutsは胡桃ではなく、「変わり者、間抜け野郎」というダブルミーニングでしょう。でないと、主人公イジーが演出家のいるホテルのスイートルームに二度目に訪れた時にリスの縫いぐるみを持って行ったユーモアが活きてきません。

#2:「Muse

 映画評論家がインタビューで「あなたはコールガールだったのね?」と確認する場面で、イジーは「コールガールじゃなくてMuse(女神)よ」と答えるシーンがあります。そのあとオードリー・ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」に言及することから明らかなように、このシーンは映画「ティファニーで朝食を」の実話エピソードを意識しています。すなわち、トルーマン・カポーティの原作ではコールガールだったホリー・ゴライトリー役を演じることになったオードリーがコールガールのイメージを嫌がり、映画ではホリーが何をしているかはぼかされています。それをイジーは「Muse」と表現しているわけです。

 ちなみに「マイ・ファニー・レディ」は配給会社が考えた邦題で、「マイ・フェア・レディ」はこの映画には直接関係はありませんが、うまい題名を思いついたなと思います。

 というわけで、頑ななまでに古き良きハリウッド映画にこだわって作った、ボグダノビッチ監督の映画愛がよくわかる逸品といえます。まあそんなことを意識しなくても、素直に明るく楽しめる良い映画ですけどね。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)