ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

僕だけがいない街 (7) / 三部けい

僕だけがいない街(7)<僕だけがいない街> (角川コミックス・エース)

 幼児・学童誘拐・殺害の事件報道が絶えない現代社会の病根をタイムスリップと推理劇形式で抉り出していく展開が注目を集めている三部けいの「僕だけがいない街」第七巻です。

 主人公は売れない漫画家・藤沼悟。漫画では食っていけないためピザ屋のアルバイトをこなしながら日々を過ごしていましたが、彼は「再上映リバイバル)」と呼んでいるタイムスリップ能力を持っています。それは、その能力が発現した前後で起こる「事件」の原因が取り除かれるまで、「事件」の直前の場面に何度もタイムスリップしてしまうというもの。
 自分の意思とは関係なく発現するので、悟はこの能力を嫌っていましたが、一回目のリバイバルから現在にタイムスリップした後、母が殺害され自らが犯人として誤認逮捕されるに及び、再びリバイバルして小学校時代に戻った悟は、その時代に起こった学童連続殺人事件の犯人が母を殺害したことを確信してそれを解決しようと決意します。

 しかし前巻ではついに善人の顔を貫いていたあの男がついに悟に牙を剥き、車ごと悟を真冬の川の中に突き落としてしまいます。生命は助かったものの昏々と病院のベッドで眠り続けること15年、ついに悟は目覚めますが記憶は失っています。彼の記憶を呼び覚ますことができるのは、やはりあの女性か。

『 リハビリを開始した悟はついにアイリと再会する。記憶が取り戻せず、もがき悩んでいた悟は、アイリとの出会いをキッカケにかつての自分を取り戻すことは出来るのだろうか?そして…アイツも動き出して…!?  (AMAZON解説より) 』

 そう、前巻最後に登場しパパラッチを追い払ったのはこれまでの「現在」で彼を助けていたアイリでした。しかし、この世界ではアイリは当然ながら悟を知りませんので、そのまま分かれてしまいます。しかし、悟は不完全ながらアイリを強く認識しており、彼女をきっかけに様々な記憶を徐々にとりもどしていきます。

 そして「僕だけがいない街」というタイトルの意味を始めて作者がはっきりと語ります。が、タイムリープを繰り返しているため、ことは少々複雑で、これまでの経過を必死に思い返しながら考えなければなりませんでした。キーワードはこの二つ。

1: 「殺人事件が起こらなかった街。そして、僕だけがいなくなった街。

2: 「 僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。 」

 1に関しては、小学生時代に「リバイバル」したが、元の世界では殺害されていたヒロミ・加代・彩三名の殺害事件を未然に防ぎ、自らが犠牲となり植物状態になった(=いなくなった)まま時間が経過した、「現在の世界」を意味しているのは明らかです。

 2に関して言うと、あの娘とはアイリのことであり、アイリと親密に関わっていたオリジナルの世界に自分はもういない、ということならば「僕だけがいない街」とは自分が不在となった「元の世界」のことになります。

 もちろん悟本人にとっての時間軸では「元の世界」と「現在の世界」は繋がっています。取り戻していく記憶の中で、この犯罪被害者が自分だけであってその自分も回復しつつあるこの「現在の世界」を守っていかねば、と決意するわけです。

 そのためには出発点であるアイリに会わなければ、と強く意識する悟ですが、悟を知らないアイリに再会できるのか、そして何をどう説明してどうして欲しいと頼むのか?

 これからが佳境というところですが、一方でいよいよあの男が動き出します。悟が15年ぶりに意識を回復したことはマスコミで大きく取り上げられましたから、当然あの男の知るところとなり、彼と彼になつく白血病の少女に接近してきます。そして本巻ラストでは自分の立場を利用してついに殺害計画を実行に移します。まだアイリと再会できていない悟、母、少女はこの危機を乗り切れるのか?

 というわけで少々複雑で分かりにくく、かつ現在医療の見地から見るととやや荒唐無稽なところがないわけではありませんが、そんな中でも張り詰めた緊張感を維持したままストーリーを維持し続けているのは大したものだと思います。

 次巻が楽しみです。