ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

一刀斎夢録/ 浅田次郎

一刀斎夢録 上 (文春文庫)一刀斎夢録 下 (文春文庫)

  先日ネットでみかけたアンケートに「歴史上有名だが何をしたかわからない人」というのがあって、何とベスト1が「斎藤一」だったので思わず苦笑してしまいました。「るろうに剣心」で火がつき、モンストなどのゲームで若い人に有名なり過ぎたのでしょうけれど、確かに史実と乖離しすぎたイメージが先行してしまっている感は否めませんね。

 その斎藤一(本名山口一、別名山口二郎一瀬伝八藤田五郎)を主人公に据えて自らの半生を語らせたのが、浅田次郎新選組三部作の掉尾を飾る「一刀斎夢録」です。
 いきなり題名に唸らされました。斎藤一を畏れて周囲の警察官が彼を呼ぶ符牒がその名前を逆さ読みした「一刀斎」。剣の達人らしい仇名です。
 そして「夢録」。新選組を扱った書は数知れませんがその中でもとりわけ有名な子母澤寛の「新選組遺聞」に斎藤一の口述を筆記した「夢録」という文書の存在が仄めかされている(実在は確認されていません)。浅田次郎斎藤一を描くにあたってこの書の存在を意識したことは、本書が彼の口述という形で進んでいくことからも確実でしょう、これは浅田版「夢録」なのです。

 そしてその口述のタイミングと聞き手の設定も絶妙。時は明治天皇崩御され、年号が大正と変わり、乃木大将が殉死された直後、聴き手は近衛師団の梶原という中尉。維新、西南戦争を経て日本という国が確立し、日清日露という対外戦争も経験した激動の明治を斎藤一が生き延びて余生を暮していた、というだけで感慨深いものがあります。そして聴き手である梶原は、全国武道大会で決勝に進みながら警視庁の榊という達人に勝てない。その榊から「師と仰がずにいられないお人がいる」と紹介されたのが藤田五郎こと斎藤一であった、という設定が最後に活きてきます。

 とは言え、この本を読んで斎藤一がどういう人物であったか、そして歴史上何をなしたかが正確に分かるわけではない。「輪違屋糸里」のレビューでも述べたように浅田次郎は稀代の講釈師です。講釈師は「嘘」で泣かせ笑わせハラハラさせて何ぼの商売、この作品でも虚実ない交ぜににして見事読者を誑かす、その技は冴え渡っています。
 だから大筋で史実と斎藤一とのかかわりには間違いはないけれども、講釈師の「嘘」には注意が必要。作品中の斎藤一が「講釈師はわしのやってもいないことを得意げに語って困ったものだ」とこぼしているのはご愛嬌です。ご愛嬌ついでに言えば浅田次郎が早速その「嘘」を鮮やかに展開するのが冒頭の「竜馬暗殺」。嘘であるとは断言はできないが、あくまで浅田次郎の創作です。その語りは真に迫っており説得力抜群ではあるのですが。

 そんな中でも浅田次郎斎藤一の歴史上の役割をちらりと皮肉交じり・逆説的に語らせている部分が目を引きました。

「京の巷でわしらがさんざん追いかけ回した不逞浪士どもの生き残りが、山縣有朋だの伊藤博文だの井上馨だのと偉そうに名乗って、元勲などと呼ばれおる。わしは忘れもせぬよ。長州の狂介も俊輔も聞多も、今では国産みの神々のように言われておるがの、元を正せばわしや沖田が斬りそこねたお尋ねものであった。」

 とにもかくにも斎藤一はその剣で日本史上かつてないほどの人数を殺め、新選組での京都での暗躍、鳥羽伏見の戦、甲府勝沼の戦、会津戦争、そして西南戦争と幾多の戦乱を潜り抜け、江戸・明治・大正の三代を生き抜いたのです。これほど凄絶で波乱万丈の人生もそうないだろうと思いますが、ここで特筆すべきは優に100人以上の人を切り殺しながら自らは切り殺されなかった、という確実でかつ奇跡的な事実。
 もちろん剣の達人であったことは言を待たないが、浅田次郎はその極意を斎藤一にこう述べさせている。

剣の奥義は一に先手、二に手数、三に逃げ足の早さ

剣術と言ったって所詮は殺し合い、卑怯だろうが何だろうが、殺して生き延びた方が勝ちであり、正々堂々の勝負なんてのは面と籠手を着けて竹刀でやるお遊びでしかないと喝破するあたりは痛快です。

 ただし、文庫版において惜しくも先年他界された山本兼一氏が解説されているように、この「奥義」はとば口に過ぎず 漫画のようですが「最終奥義」はその先にありました。
 もちろんこれは浅田次郎の創作ではあるのですが、死神か鬼かと畏れられた斎藤一がその最終奥義を体得するのは彼の最後の最後の戦い、西南戦争において。ここが死地と決めて「鬼」と政府軍から恐れられた相手との最後の一戦に臨む斎藤一

 その相手とは新選組の時代からの因縁があり、幾多の戦いに倦み武士としてその人生にけりをつけるべく殺されるつもりで臨みます。その斎藤一が慟哭の末に会得した「最終奥義」とは

もはや技でもなく、心でもない。勝つると負くるの正体を知る者こそが、天下第一等の剣士なのだ。

という非常に抽象的な観念でした。そしてその上で梶原に説明します。

「まずは敵に相対するとき、面籠手は無きものと思え。竹刀を真剣と信じよ。さすればいつか、勝つると負くるの正体がおのずと見えてこよう。」

 何故無敵の榊には教えず、梶原にだけ最後の奥伝を伝えたのか?それは本書を読んでのお楽しみ。
 とにもかくにも、史実をもとにしながら「虚」の部分においてこれだけ深い感動を読者に与えるのは並大抵の手腕ではありません。山本兼一氏に言わせれば「魔力」です。

 そしてこういう物語には脇役も重要。もちろん近藤、土方、沖田、そして「壬生義士伝」の吉村貫一郎も登場しますが、今回最も活き活きと描かれているのは新選組ではそれほどの達人でもなかった久米部正親大阪弁をしゃべる好人物であるだけに斎藤一とは水と油。それが戊辰、甲州会津、果ては西南戦争まで付き合う羽目になるあたりの筆致はこの物語を一層味わい深いものとしています。

 時に良書は終わりが近づいてくるのが惜しくてページをめくるのが辛くなります。久々にその気分を味あわせていただきました。浅田次郎新撰組三部作、掉尾を飾るにふさわしい傑作だと思います。ただ、浅田節に好き嫌いはあるでしょうから、けれんがお嫌いな方には無理には勧めません

 最後に一言。本書には書かれていませんが、斎藤一はこの物語の四年後大正四年に胃潰瘍で病没しました。武士として戦場で死ねなかったのは無念であったかもしれませんが、臨終の間際まで矜持は捨てず結跏趺坐したまま死した、ということです。