ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ポーの一族 / 萩尾望都

ポーの一族 全巻セット (小学館文庫)
 以前萩尾望都の小説「音楽の在りて」を紹介したことがありました。素晴らしい短編集だったのですが、当然ながら彼女にとって小説は余技なわけで、本職は漫画家です。それも日本を代表する屈指の、と言って過言ではありません。

 私の若いころは少女漫画というジャンルは男子が足を踏み入れがたい結界でした。その結界を破ってでも読みたい、と思わせたのが、この萩尾望都(はぎおもと)というちょっと変わった名前の漫画家だったのです。

 彼女の作品には他にも「トーマの心臓」「訪問者」「11人いる!」「百億の昼と千億の夜(原作:光瀬龍)」をはじめ数多くの傑作が存在しますが、やはり「ポーの一族」は別格だと思います。初めてこの作品を読んだ時の、感動を通り越した鳥肌が立つほどの衝撃は忘れ難いものがあります。 

 イギリスのどこか山間の青い霧とたそがれの中に住み永遠のときを生きる伝説のバンパネラポーの一族」。そして彼等の一族にされ、成長が止まった永遠の少年少女、エドガー、メリーベル、アラン。18世紀から20世紀までのヨーロッパを転々とし、成長し年老いていく人間たちとのかかわりを極力避けて生きる孤独。
  一方のエドガーの出自であるエヴァンス家の人々や「トーマの心臓」にもつながるようなギムナジウムの少年たち、リデルグレンスミスクエントン卿ジョン・オービンエディスといった「人間」側の登場人物たちの喜怒哀楽、煩悩、悩み、哀しみ。

 登場人物の名前、ストーリー、そして深い人間洞察、思想が当時の少年コミックスとは次元が違っていました。

 そして少年漫画に慣れたものには見たこともない繊細なタッチの作画やコマ割り。自在にちりばめられた萩尾望都のヴァースやマザーグースの詩。

 もちろん既に数知れぬ賛辞を送られ続けている作品ですが、あえて私にも言わせていただけるなら「ポーの一族」は日本漫画史上に燦然と輝く至高の傑作、金字塔だと思います。

  傑作に比較など無意味だとは思いますが、当時私の読んだことのある漫画のなかで、この作品に匹敵する、一流の文学作品に決してひけをとらない「力」を持っていたのは手塚治虫の「火の鳥」、白土三平の「カムイ伝」くらいしかなかったのではないかと思います。

 なぜ唐突にこんな話を始めたかというと、先日三宮のブックオフでミント状態の小学館文庫版を見かけて一も二もなく買ってしまったのです。老眼には文庫本サイズはちょっと辛かったですが、学生時代に初めて読んだ時となんら変わりなく、再び鳥肌が立つほどの感動が蘇りました。
 老若男女を問わず感動させることができることを改めて証明してくれたこの作品にあらためて敬意を表したいと思います。

『 青い霧に閉ざされたバラ咲く村にバンパネラの一族が住んでいる。血とバラのエッセンス、そして愛する人間をひそかに仲間に加えながら、彼らは永遠の時を生きるのだ。その一族にエドガーとメリーベルという兄妹がいた。19世紀のある日、2人はアランという名の少年に出会う…。時を超えて語り継がれるバンパネラたちの美しき伝説。少女まんが史上に燦然と輝く歴史的超名作。 (AMAZON解説より)』

 本作は厳密に言うと「ポーの一族」「リーベルと銀のばら」「小鳥の巣」の三作を中核とした15の作品群です。よって初出のフラワーコミックスとこの文庫版では、作品の配置の順番の異なっているところがあります。ただ、「ポーの一族」で始まり「エディス」で幕を閉じるところだけは共通なので、もちろんどちらで読んでも問題はありません。

 この作品群は1972年から76年にかけて別冊少女コミックに非定期で連載されました。Wikipediaによりますと、

1. すきとおった銀の髪(『別冊少女コミック』1972年3月号)
2. ポーの村(『別冊少女コミック』1972年7月号)
3. グレンスミスの日記(『別冊少女コミック』1972年8月号)
4 .ポーの一族(『別冊少女コミック』1972年9月 - 12月号)[+ 4]
5. メリーベルと銀のばら(『別冊少女コミック』1973年1月 - 3月号)
6. 小鳥の巣(『別冊少女コミック』1973年4月 - 7月号)
7. エヴァンズの遺書(『別冊少女コミック』1975年1月 - 2月号)
8. ペニー・レイン(『別冊少女コミック』1975年5月号)
9. リデル・森の中(『別冊少女コミック』1975年6月号)[+ 7]
10. ランプトンは語る(『別冊少女コミック』1975年7月号)
11. ピカデリー7時(『別冊少女コミック』1975年8月号)
12. ホームズの帽子(『別冊少女コミック』1975年11月号)
13. 一週間(『別冊少女コミック』1975年12月号)
14. エディス(『別冊少女コミック』1976年4月 - 6月号)

番外編
はるかな国の花や小鳥(『週刊少女コミック』1975年37号)

となっています。もちろん中核となる三作品が読み応えのある傑作なのですが、小品にも美しい物語、残酷な物語、シャーロック・ホームズまで登場するちょっとコミカルな物語、等々読みどころ満載です。

個人的には、

両親を殺されたことも知らず幼くしてエドガーとアランに育てられることとなるリデルの物語「ペニーレイン」「リデル・森の中

青い霧の中のポーの一族の村に運び込まれた人間グレンスミスの見聞録「グレンスミスの日記

エドガーの肖像画にまつわる物語からアランの恋、そして劇的な終末へとなだれ込む「ランプトンは語る」「エディス

あたりが素晴らしいと思います。ほとんど全部じゃないかと言われそうですが。。。

 最終章でエディスを助けたエドガーとアランは

帰ろう、帰ろう、遠い過去へ もう明日へは行かない

と業火の中に姿を消しました。

 ジョン・オービン老人が回想するごとく、エドガーとアランは実在しない幻だったのかもしれない。しかし彼らは3世紀にまたがって間違いなく「実在」したのだ、と読者は信じて疑わないでしょう。

 萩尾望都が筆を置いたとき、オービン老人は最初のページを始めます。

  --- エドガーおまえに  わたしのはるかなおまえに そして そのポーの一族によせて ---と 

 なんと美しい終章。バラの花の香りが匂い立つような文学作品にふさわしいエンディングだと思います。