ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Somewhere / Keith Jarrett・Gary Peacock・Jack DeJohnette

Somewhere
  ここしばらくこのアルバムばかり超ヘビーローテーションで聴いています。先日結成30周年記念来日公演を終えたばかりのキース・ジャレットStandards Trioの最新作です。といっても録音は2009年、スイス・ルツェルンでのライブです。
 いかにもECMらしい素晴らしいジャケット写真に惹かれて予約しておりましたが、届いたCDを一聴して驚きました。過去にあまたの名作を産んできたこのトリオですが、その中でも一二を争う素晴らしい演奏で、久々に心が震えました。で、ここしばらくはこのアルバム意外聴く気がしない、という状況です。

 以前神戸公演のレビューを書いた際、キースが途中で演奏をやめて、「これが最後のコンサートだよ、僕たちはもう燃え尽きたんだ」とつぶやいたことを書きましたが、それが2010年9月。3人とも(特にゲイリー・ピーコック)高齢となり限界が近いのかと思っていましたが、全盛期に勝るとも劣らないこのアルバムはそのたった1年前の演奏ということになりますね、信じ難い思いです。
 ECMの総帥マンフレッド・アイヒャーがキースのライブは全て録音していることは有名ですが、おそらくその中から30周年に相応しい、最高の演奏を4年かけてじっくりと選んだ結果がこのライブだったのでしょう。(今回はキースがプロデューサーとしてクレジットされていますので選択にはアイヒャーのみならずキース自身が積極的に関わったものと思われます)

Keith Jarrett (piano)
Gary Peacock (double bass)
Jack DeJohnette (drums)

1: Deep Space - Solar
2: Stars Fall On Arabama
3: Between The Devil and The Deep Blue sea
4: Somewhere - Everywhere
5: Tonight
6: I Thought About You

Recorded Live July 11, 2009 at KKL Luzern Concert Hall

 一曲目は師マイルスの「Solar」。かのビル・エヴァンスもカバーしている名曲で、キースも「アト・ザ・ディア・ヘッド・イン」で以前カバーしていますが、この15分以上にわたる長尺の演奏は「次元」が違うとでも言うべき驚異的な演奏です。
 まず、フリージャズとも現代音楽とも区別のつかぬ、まさにキース流としか言いようの無い、不協和音を混じたソロ・インプロヴィゼーションDeep Space」で幕を開けます。そのまま「インサイド・アウト」のようなフリーっぽい演奏にいくのかな?と思えばさにあらず。見事な流れでそこから何の違和感もなく「ソーラー」のテーマに滑り込んでいきます。スタインウェイの硬質さと透明感を活かしたメロディラインと的確なハーモニーが紡ぎだされ、ゲイリーに受け渡されます。ゲイリーのソロも快調で、翌年の神戸でのコンサートでキースを嘆かせたのが嘘のようです。

 そしていきなり一曲目の途中からクライマックスがやってきます!数分間にわたるキースの高速・正確無比にして鳥肌が立つような美しいインプロビゼーション。もう言葉もありません。キースを称賛する時によく使われる

「降りてきている」

が、これほど相応しい演奏は無いでしょう。というわけで、一曲目から圧倒させられて次曲へと移行していきます。

 二曲目は少しクールダウンしてスローテンポのバラードとなっている「アラバマに陽は落ちて」です。リリシズム溢れる美しい旋律が印象的。そしてここでのゲイリーのソロも美しくイマジネーションに溢れています。ゲイリーの真価を証明するに相応しい演奏は久しぶりに聴いた気がします。

 一転してアップテンポでノリの良い演奏となる三曲目の「Between Devil and the Deep Blue Sea」では三人が楽しそうに演奏している様が目に浮かびます。ジャックのソロのシンバルの音はいつ聴いても響きが美しいですね。

 そして圧巻は四曲目のアルバムタイトル曲「Somewhere」からインプロ「Everywhere」への流れ。バーンスタインの「Somewhere」では、まずキースが原曲のイメージを損ねることなく、シンプルかつ丁寧にメロディラインを提示し、典型的なジャズトリオの文法通りに三者が絡みます。

 そしてキースの左手のコンピングが正確なタイム感覚を維持しつつも次第に右手のメロディラインから独立してゴスペル風にじわじわ盛り上がっていき、フリーインプロの「Everywhere」に移行していきます。二曲合わせて19分37秒という長さを微塵も感じさせないスリリングで壮大な展開はまさに圧巻。クライマックスでの三人揃ってのグルーブ感は全盛期以上の至高の演奏といっても過言ではないでしょうあ。例のキースの唸りも痛快にグルーブしてます(w。

 その興奮も冷めやらないまま、同じくバーンスタインの名曲「トゥナイト」が始まります。キースの冒頭の旋律提示はあの良く知られたメロディを高速にしかも正確無比に奏でていきます。そしてこの曲でのハイライトはジャックのソロ・ドラム。「トゥナイト」の旋律を髣髴とさせる美しいドラミングです。

 そして最後はこれもよく知られたジミー・ヴァン・ヒューゼンとジョニー・マーサーの名曲「 I Thought About You 」で幕を閉じます。この演奏もいかにもスタンダーズトリオらしい丹精でかつイマジネーションに溢れた演奏なのですが、今回ばかりはこれまでの興奮をクールダウンさせる役割を担わされているかのようです。

 以上捨て曲なしの6曲、キース絶好調、それに呼応するかのようにゲイリー、ジャックも熱く応えた演奏は冒頭でも述べましたようにこのトリオの歴史の中でも屈指の演奏だと思います。

 音質も良好です。これまでライブでは、例えば「インサイド・アウト」の終曲「When I Fall In Love」のようにややリバーブかかりすぎで折角の名演を少しばかり損ねていたりした場合があったのですが、今回は良い条件で録音されベストのバランスでミキシングされています。眠っていたオーディオ魂に火がつきそうです(笑。

 というわけでトリオ30周年記念に相応しい、30年にとまでは言いませんが、10年20年に一度の名盤だと私は思います。全ての音楽ファンに聴いていただきたい一枚です。