ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ゼロ・ダーク・サーティ

Zdt
 遅ればせながら昨日ようやく「ゼロ・ダーク・サーティ」を観てきました。戦争の快楽の怖ろしさを赤裸々に暴いて見せた傑作「ハートロッカー」を作り上げた女性監督キャスリン・ビグローと脚本のマーク・ポールが再び組んだ作品ということで絶対見逃してはいけないと思っていましたが、想像以上の出来栄えに鳥肌が立ち、終わった後は身動きもできず観ていたせいか、頭が痛くなっていました(苦笑。
 CIA称賛映画という批評があるのは承知ですが、同じCIAを題材にした昨年度アカデミー作品賞作品「ARGO」と比べても全く見劣りしない傑作だと思います。

『原題: Zero Dark Thirty
2012年アメリカ映画、配給:ギャガ

監督: キャスリン・ビグロー
製作: マーク・ボール キャスリン・ビグロー ミーガン・エリソン
脚本: マーク・ポール

キャスト: ジェシカ・チャステインジェイソン・クラークジョエル・エドガートンジェニファー・イーリーマーク・ストロングジョージ
2011年5月2日に実行された、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦の裏側を、「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が映画化。テロリストの追跡を専門とするCIAの女性分析官マヤを中心に、作戦に携わった人々の苦悩や使命感、執念を描き出していく。9・11テロ後、CIAは巨額の予算をつぎ込みビンラディンを追うが、何の手がかりも得られずにいた。そんな中、CIAのパキスタン支局に若く優秀な女性分析官のマヤが派遣される。マヤはやがて、ビンラディンに繋がると思われるアブ・アフメドという男の存在をつかむが……。(映画.comより)』

 前作の題名「Hurt Locker」はアメリカ軍の隠語(「苦痛の極限地帯」「棺桶」の意味)でしたが、今回の題名「Zero Dark Thirty」はアメリカ軍の軍事用語で「午前0時30分」を意味しています。この映画ではアメリカ軍特殊部隊がビン・ラディンの潜伏先に踏み込んだ時間です。この題名から端的に想像できるように2001年の9.11事件から10年の歳月をかけたCIAの執念の捜索の末、オバマ政権下で超法規的に遂行されたビン・ラディン殺害までを描いています。

 キャスリン・ビグローとマーク・ポールはもともとアルカイダとCIAの暗闘を題材にした映画製作の意図があったようで、この劇的なビン・ラディン殺害の報に接しいち早く取材を開始、数多くの当事者との接触に成功しその証言を元に実にリアリティに満ちた物語を完成させました。情報入手のあり方や事実歪曲の疑いによって物議を醸しはしましたが、緻密な脚本、冷徹にして劇的な演出により得られた映画としての完成度はきわめて高いと言わざるを得ません。

 映画の最後のクレジットでは参考にしたモデルはいるもののあくまでもフィクションと断っていますが、主人公は女性のCIA情報分析官マヤ。彼女の苦悩と苦闘が本作の芯となっています。
 高卒でCIAにリクルートされるというのも信じ難いようなキャリアですが、彼女が投入されたアルカイダとの暗闘の最前線もまた信じ難いような過酷な世界。いきなり非人道的な拷問の現場に同席させられ動揺を隠し切れない。その拷問がマスコミの批判の的になった後はひたすら情報分析により相手に迫ろうとするが、敵はなかなか馬脚を現さず、徐々に精神的に疲弊磨耗していく。そして自爆テロの嵐の中多くの仲間を失い、自らも敵のブラックリストに載せられて命を狙われる。その傷心と死の恐怖の末にビン・ラディン捕捉を決意していくまでが実に丁寧に描かれ、主演のジェシカ・チャステインもそれに応える熱演を見せています。

 ただ、彼女一人の決意で簡単にことが運ぶほど現実は甘くありません。莫大な資金をつぎ込んで10年間でたった4人の幹部しか捕まえられないという批判に晒されるCIAは、マヤが有力な情報をつかんできても失敗を恐れて容易に動こうとはしません。彼女がその情報を上官に伝え潜伏先襲撃を提案してからそれが認められるまで、毎日毎日上官の部屋のガラスのパーティションに赤マジックで日数を記入していく演出が、彼女の苛立ちと信念を端的に表現していて秀逸でした。

 そしてそのコケの一念で官僚組織と化したCIA上層部を動かし、精鋭部隊シールズをも納得させてついに行なわれた襲撃作戦が本作のクライマックスとなります。暗視スコープ画像を多用した不気味でかつリアリティに満ちた迫真のシーンの連続はキャスリン・ビグローの手腕が際立つ見事な出来栄え。結果を知っていてもついにビン・ラディンを仕留めるまではスクリーンに目が釘付けとなり高鳴る鼓動を抑えきれませんでした。またアクション映画にありがちな虚飾を排し、決して無駄弾を撃たず的確に標的を仕留め、倒れた後も胸に数発弾丸を撃ち込み止めを刺すことを怠らないプロの冷徹さを描ききったあたりも見事。
 故意にビン・ラディンの露出を抑制し安易なカタルシスを拒否した演出は、いろいろな憶測が可能でしょうけれども、安易な勧善懲悪を拒絶する姿勢と考えればこれも評価に値するものと思います。

 安易な勧善懲悪を許さない、という点では最後のマヤの涙も印象的でした。ついに宿願のビン・ラディン殺害を果たした彼女の憑き物が落ちたかのような放心状態を描くことでキャスリン・ビグローが意図したものは何だったのか。前作「ハートロッカー」でも本作でも一貫して彼女が描くのは戦争の快楽への警鐘であると考えるとその答えは自ずと見えてくると思います。

 以上、CIA称賛映画というバイアスは自己補正して見なければいけないと思いますが、ビン・ラディン殺害後いち早くその過程を映画化したそのスピードと完成度の高さに驚嘆させられる傑作であると思います。

評価: A:傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)