ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

J・エドガー

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 このブログで度々ご紹介しているように、私はクリント・イーストウッド監督の熱烈なファンです。そのイーストウッド監督の最新作の題名は「J・エドガー」、1920年代から半世紀にわたってFBIに君臨し8人の大統領に仕えたジョン・エドガー・フーバー長官のことです。アカデミー受賞脚本家のダスティン・ランス・ブラックの脚本を元に、イーストウッド監督は遠慮会釈なく赤裸々にこの半ば伝説化されたアメリカの英雄の実像を暴いています。そして初めてイーストウッド監督に起用されたレオナルド・ディカプリオが、圧巻の熱演でフーバー長官の公私にわたる50年間を見事に演じきっています。

『 原題: J. Edgar、2011年アメリカ映画、配給: ワーナー・ブラザース映画 

監督: クリント・イーストウッド
脚本: ダスティン・ランス・ブラック

キャスト: レオナルド・ディカプリオナオミ・ワッツアーミー・ハマージョシュ・ルーカスジュディ・デンチ、他

 クリント・イーストウッドレオナルド・ディカプリオが、遂に初めてのタッグを組んだ!
 この垂涎の顔合わせを実現させたのは、一人の伝説の男──ジョン・エドガー・フーバー。FBI初代長官にして、死ぬまで長官であり続けた男。“憧れのFBI”を作った明らかな英雄でありながら、彼にはつねに黒い疑惑や、スキャンダラスな噂がつきまとう。国を守るという大義名分のもと、大統領をはじめとする要人たちの秘密を調べ上げ、その極秘ファイルをもとに彼が行なった“正義”とは何だったのか?(AMAZON解説、映画.comより)』

 映画はいきなり晩年を迎えたフーバーが、回顧録作成のため、自らの半生を語り始めるところから始まります。70台という老齢のディカプリオとまだ若々しい20台のメイクのディカプリオが交互に登場、いきなり特殊メイクの見事さを際立てるとともに、彼が君臨した年月の長さを印象付けます。
 その後も回顧録を口述する晩年と、アル・カポネデリンジャーが暗躍した1920年代、大恐慌の時代、リンドバーグ愛児誘拐事件を機会にかなり強引に複数州にまたがる誘拐犯罪はFBI管轄とさせたリンドバーグを成立させた1930年代、ケネディ大統領暗殺事件の1960年代等々、アメリカの半世紀を語る上で重要な場面とが頻繁に入れ替わるのでついていくのが少々大変ですが、徐々に彼のキャリア、人生哲学、そして私生活が明らかとなります。

 公的にはFBI(連邦捜査局)という組織を立ち上げ、、科学捜査の積極的な導入や指紋採取をはじめとした個人情報の収集、武器携帯の許可等々の権利を取得し、強大な組織を築き上げるとともに、映画や漫画等をうまく利用し「Gメン」というヒーロー像を確立した功績は否定のしようがありません。映画でもそのプロセスが丹念に描かれています。

 しかしその一方でこの人物には常に黒い噂がついてまわっていました。正義の名の元に盗聴等により常に為政者等の触れられたくない秘密を入手し自らの保身に役立てていたり、部下の功績を自らの功績にすり替えたり、キング牧師を憎むあまり内部告発書を偽造してノーベル平和賞受賞を邪魔しようとしたり。。。
 自らを「正義」と信じるあまり、自らの行いの善悪の区別がつかなくなってしまう様をイーストウッド監督は冷徹に暴いていき、最後に常に冷静に彼を見続けてきたトルソン副長官がフーバーに向かって彼の偽善と嘘を淡々と語る場面に収斂させます。その時に持病の胸痛を覚えたフーバーはその翌日。。。というこの映画のラストの数カットは鳥肌の立つような見事な演出でした。

 アメリカの歴史史上に名を残す「善」の象徴のような人物が、何故もかくのように欺瞞に満ちた男であったのか?その秘密を映画は彼の私生活にも求めます。彼の人生哲学に多大な影響を与える母親のアニー(ジュディ・デンチ)、生涯彼の右腕であり続け、また当時では禁断の関係であったトルソン副長官(アーミー・ハマー)、最初彼の求愛を断わるも彼の最期まで忠実に仕え続け、彼の「秘密ファイル」を彼との約束どおり闇に葬った秘書のヘレン(ナオミ・ワッツ)。この3人の重要な登場人物の目を通してフーバーを見る事により、彼の人間としての魅力とその正反対の狡猾さ、そして弱さが浮き彫りにされていきます。この3人の演技もディカプリオに一歩も引けを取らない見事なもので、彼等4人を見るだけでもこの映画を鑑賞する価値があると思います。

 そして各年代を忠実に再現した衣装、美術、いつものイーストウッド映画同様抑制の効いた色彩の映像、イーストウッド監督十八番の自ら担当する音楽、全てがあいまってこの映画を素晴らしい出来栄えにしています。

 クリント・イーストウッドまだ健在、と言いたいところですが敢えて言うと今回は監督主導というよりも、脚本と各俳優の演技に任せて、競馬でいう「馬なり」で撮っているように思えました。しかし、相当の老齢に達してなお、敢えてエンターテインメント性もなく批判も浴びかねないスキャンダラスなこの脚本を選択した彼なりの正義感、「偽善の正義」を告発する強い思いがこの映画を傑作たらしめているのだと思います。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)