ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ヒューゴの不思議な発明(2D/3D)

Hugo_n_2
(オフィシャルHPのフリーロードダウン映像)
 以前ご紹介した「ディパーテッド」で念願のオスカー(アカデミー監督賞)を手にしたマーティン・スコセッシ監督が、ガラッと作風を変え、しかも自身初の3D映画として、フランスはパリを舞台とした素敵なファンタジー映画を作り上げました。それが現在公開中の最新作ヒューゴの不思議な発明」です。本年私が観た映画の中でも出色の出来栄えで、老若男女を問わずお勧めしたい作品です。
 ちなみに私の行きつけのシネコンでは「3D吹き替え版」と「2D字幕版」しかチョイスできず、仕方なくまず2D字幕版を観たのですが、その映像の美しさにどうしても3Dが見たくなり、家内を誘って3D吹き替え版も観てしまいました。その家内も「素晴らしい!」と絶賛しておりました。
 

『 Hugo
2011年アメリカ映画配給、:パラマウント
上映方式: 2D/3D

監督:    マーティン・スコセッシ
原作:    ブライアン・セルズニック
脚本:    ジョン・ローガン

キャスト: エイサ・バターフィールドクロエ・グレース・モレッツサシャ・バロン・コーエンベン・キングズレージュード・ロウレイ・ウィンストンクリストファー・リー

世界各国でベストセラーとなったブライアン・セルズニックの冒険ファンタジー小説ユゴーの不思議な発明」を、マーティン・スコセッシ監督が3Dで映画化。駅の時計台に隠れ住む孤児の少年ヒューゴの冒険を、「映画の父」として知られるジョルジュ・メリエスの映画創世記の時代とともに描き出す。1930年代のパリ。父親の残した壊れた機械人形とともに駅の時計塔に暮らす少年ヒューゴは、ある日、機械人形の修理に必要なハート型の鍵を持つ少女イザベルと出会い、人形に秘められた壮大な秘密をめぐって冒険に繰り出す。主人公ヒューゴを演じるのは「縞模様のパジャマの少年」のエイサ・バターフィールド。イザベル役に「キック・アス」「モールス」のクロエ・モレッツ。2012年・第84回アカデミー賞では作品賞含む11部門で同年最多ノミネート。撮影賞、美術賞など計5部門で受賞を果たした。(映画.comより)』

 この映画は第84回アカデミー賞において、「アーティスト」と5部門ずつ分け合ったことでも話題になりました。奇しくも双方とも映画創成期のサイレント映画へのオマージュとなっています。「アーティスト」の方はストレートに白黒サイレントで撮ったのに対し、マーティン・スコセッシは最先端の3D画像でこの作品を作り上げました。
 その美しさは映画冒頭から堪能することができます。映画製作・配給会社のロゴが消えぬうちから時計の音が聞こえ始め、時計塔の中のたくさんの歯車が回る映像が登場、それがエッフェル塔が遠くに見えるパリの俯瞰夜景映像に変わり、次いで雪の降る日中の映像に変化、そしてカメラは吸い込まれるようにリヨン駅に近づき、見えてきたホームをすべるように走ります。もちろんCGが用いられているのでしょうが、一体どういう風に撮影したのか、本当に見事な3D映像です。

 さて、このような高度な技術が微塵もなかった20世紀初頭のパリにおいて、たとえば「月世界旅行」(月の顔の右目に砲弾のようなロケットが突き刺さり、月が涙を流す映像は誰もが一度はご覧になったことがあると思います)のような「特撮」映像をどのように当時の人々が工夫して撮っていたのか?
 この映画の後半においてスコセッシ監督は、この映画の影の(というか、本当の)主人公である元・手品師の映画製作者ジョルジュ・メリエスの独白を映像化することにより、見事に再現してみせます。(ちなみにメリエスは実在の人物で「月世界旅行」の製作もしています。)
 総ガラス張りの巨大なスタジオのセット、その中で繰り広げられる撮影風景、メリエスのアイデアと天才的編集の場面、総てが素晴らしく、この映画がアカデミー撮影賞美術賞、視覚効果賞を取ったのも当然と頷けました。
 この映画の3D映像は本当に良く考え抜かれており、こけおどし的なところは少しもない良質なものでしたが、最後の最後に「月世界旅行」の月を3D化した映像にはスコセッシ監督の万感の思いが込められているように感じられ、思わずほろりとしてしまいました。

 さて、映像のことばかり先走ってしまい、肝心のストーリーが後回しになってしまいました。以下幾つかネタバレもありますのでご注意ください。
 この映画には幾つかのテーマがあります。それは父母をなくした少年の魂の成長を描くこと、映画作りに挫折し「壊れて」しまった老人を「再生」すること、生きていることにまだ意味を見出せないでいる人のために「この世界が一つの機械なら余計な部品は一つもないはずだ」と教えてあげること、そして第一次世界大戦という戦争の残した爪あとを描くことにより暗に反戦を訴えること。
 これらを有機的につなぐために登場するのが「不思議な発明」たる、自動筆記機械人形です。この機械人形は実は主人公ヒューゴの発明ではなく、先程述べたジョルジュ・メリエスが手品師時代に作ったもので、挫折しすべてを売り払った際に、これだけは捨てられない、と博物館に寄贈したものでした。それは飾られることもなく倉庫に眠っていたのでメリエスは火事で失われたと思っていました。ところがその人形は博物館の修理係であったヒューゴの父が見つけ出し、自宅で修理していたのです。その修理の半ばで父は火事で死んでしまい、ヒューゴがリヨン駅の時計係だった叔父に連れられてそこへ移住する際、唯一持ち出した荷物なのでした。
 この機械を修理すれば死んだ父の残したメッセージが分かるはず、と思い込んでいるヒューゴはこの機械の修理を続けます。そのために駅構内のおもちゃ屋から度々ゼンマイなどの部品を盗みますが、その店の老主人こそ誰あろう。。。

 ということで話は心地よいテンポで進み、老主人夫婦の家で暮らす父母を失った少女イザベルの協力も得て、中盤でついに自動人形は動き出し、ある絵を描きます。ヒントはもうここまで書いた中にあるのですが、ここでは書かないでおきましょう。とにもかくにもそれは残念ながらヒューゴの期待した父からのメッセージではなく、驚くべき人のサインが入っていたのです。ここからまたヒューゴとイザベルの冒険が続いていくのですが、これは観てのお楽しみ。

 そしてこの物語に彩を添えるのが、リヨン駅の風景と登場人物たち。左足を戦争で失い、粗末な義足で警察犬とともに働く鉄道公安官、彼がそっと慕う花屋の娘、温かく見守るカフェの老マダム、そのマダムを慕いながらも彼女の愛犬に嫌われる太っちょのおじさん等々。先程「誰にでも生きている限り必ず役目がある」ということが一つのテーマであると申し上げましたが、それを実践するような見事なバイプレーヤー振りを皆が発揮するように原作を改変した脚本も見事といえましょう。例えば鉄道公安官は原作ではただの悪役なのだそうですが、この映画ではその義足で分かるように、とても大事なテーマを持たせた上で、最後の最後にヒューゴを救います。

 脚本といえば幾つかの伏線も見事です。例えばヒューゴとイザベルが忍び込んだ映画館のサイレント映画キートンが演じるドタバタの場面をあとでヒューゴが演じることになったり、ヒューゴが夢の中で観た汽車に轢かれるシーンが最後の最後にまた登場したり等々。
 荒唐無稽であり得ない設定が幾つかある、という批判もネットで見かけますし、事実そう思わないでもないところも多々あるのですが、それは原作が絵本であるファンタジーだと割り切って、素直にこの映画の世界に身を委ねればそれほどの瑕疵とも思えません。

 さて、この素晴らしい物語を演じる俳優陣も素晴らしい。「ガンジー」のベン・キングズレー、サーの称号を持つクリストファー・リー、という二大老優が脇を固めて二人の少年少女をサポートしています。少年役のエイサ・バターフィールドの陰と陽を演じ分ける演技も見事でしたが、個人的には少女役のクロエ・グレース・モレッツの微笑みの可愛さや表情の豊かさにやられてしまいました。
 そしてそれ以上に強い印象を残すのが鉄道公安官役の長身俳優サシャ・バロン・コーエンの怪演!そして彼の相棒、ドーベルマン(多分)のマキシミリアンの名演技も挙げておきましょう。

 最後にスコセッシ監督といえば語らないといけないのが音楽。彼はローリング・ストーンズの曲を初めとするロックを多用することで有名ですが、今回は郷愁を覚えるシャンソンの調べが映画全体を彩っています。これが憎いほどはまっていて、エンドロールで流れる主題歌も本当に素敵でした。

 ということで、どなたにでも安心してお勧めできる傑作だと思います。ちなみに3Dは個人的にはやはり目が疲れます。それが苦手な方には2Dでも十分楽しめると申しておきます。それでも一度良質の3Dを体験してみたいという方には、この映画は一押しでお勧めですけれどもね。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)