個性派ピアニストエレーヌ・グリモーのコンサートに行ってまいりました。最前列中央の席で鑑賞できたという幸運もあったのでしょうが、純度の高い色彩感にあふれた中高域からずしんと腹にこたえる重低音まで、スタインウェイの持つ能力の限界を極めようとでもしているかのようなダイナミックな演奏に、言葉を失ってしまうほど感動しました。グリモーは共感覚の持ち主で音が色に見えるそうですが、僭越ながら私にもピアノから七色の音が出ているかのような幻覚を垣間見せてもらえたような気がします。
Helene Grimaud Piano Recital 2011
日時 2011年1月21日(金) 19:00-
会場 神戸文化ホール 大ホール
Mozart: Piano Sonata No.8 in A Minor
Alban Berg : Piano Sonata op. 1
- intermission -
Franz Listzt : Piano Sonata in B minor S 178
Bela Bartok: Romanian Folk Dnace
Encore
Gluck: Dance Of The Blessed Spirits
選曲は以前紹介したアルバム「Resonance」の通りとなっています。これは彼女自身が考え抜いたもので、オーストリア=ハンガリー帝国の栄枯盛衰をイメージして選ばれています。このアルバムも相当個性的でしたが、生の演奏は各曲の演奏はそれ以上に大胆かつ情熱的でありながら、曲目の流れはとても自然で倦むところのないものでした。
激情的なモーツァルトから複雑な調性を持ったベルクのソナタへ違和感なく入り込め、壮大なリストのピアノソナタと軽妙洒脱なバルトークのルーマニア舞曲がまるでセットのようにぴったり結ばれている。この選曲の真の素晴らしさはCDを聴いている時には分かりませんでした。生の醍醐味ここにあり、というところでしょうか。
と、俯瞰はこれくらいにして私の持っている乏しい語彙の中でできる限りのライブレポをしたいと思います。
定刻を少し過ぎ、その美貌に微笑をたたえ登場したグリモーはショッキングピンクでチャイナ服っぽいジャケットに黒のパンツというあでやかなスタイルでした。
ちょっと椅子を調整したかと思うとおもむろに演奏が始まり、あっという間に演奏に没入するグリモー。スピード感に溢れ、かつ和音の響きの濃厚なモーツァルトです。距離2~3メートルというかぶりつきの最前列席でしたので演奏を目の当たりに見ることができましたが、その指使いの速さ、打鍵の女性らしからぬ強さに早くも圧倒されます。演奏に没入しているグリモー自身とは別の生き物のような両手の動きを呆然と見ているしかなかったです。それにしてもペダルも多用し、しかもあれだけガンガン打鍵して、音が少しも濁らず一音一音清澄な音が紡ぎだされるのは驚異的。素晴らしいテクニックに裏打ちされていることが良く分かりました。
続くベルクのソナタではこのプログラムで唯一楽譜を使いました。それだけ彼女にとっても難曲なんでしょう。聴くほうも難しい曲ですが、CDである程度予習していましたし、先程述べたように不思議なほどモーツァルトとの間に違和感がないソナタでした。CDより更にアップテンポではありましたが、意外に構成は分かりやすく、難しい調性の中にところどころに耳馴染みの良い旋律もはさまれて退屈する暇もなかったです。
そして何といっても一番の聴き所は休憩を挟んでのリストのソナタ。もう感動の一言でした。繰り返される主題を主体とした強奏部では、打鍵で鍵盤が壊れるんじゃないかというくらいの激しさで、聴く者を圧倒します。もちろん静寂部での夢見るような美しい旋律もちゃんと聞かせますが、全体的には「疾風怒濤」の演奏と言ったほうが適切だったと思います。30分以上ある大曲ですが、10分かそこらにしか感じませんでした。世にいろいろなリストのピアノソナタがあるとは思いますし、その中では異端的な演奏なのかもしれませんが、このソナタを聴けたことは私には一生の宝物だと思いました。
そのあとのバルトークのルーマニア舞曲は先程も述べたように軽妙洒脱で、まるでリストのソナタからのクールダウンをしているようでとても心地よかったです。緊張と緩和というわけでぴったりのセットでした。
アンコールは一曲、とても美しい旋律を持った曲で女性らしいグリモーの一面を見せていただきました。
以上、曲目が、スタインウェイが、そして会場が「共鳴(Resonance)」し、素晴らしいグリモーの世界を堪能することのできた、至福の時間でした。