ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Jasmine / Keith Jarrett and Charlie Haden

Jasmine
 キース・ジャレット久々のスタジオ録音作「Jasmine」が届きました。しかも今回は偉大なるベーシスト、チャーリー・ヘイデンとの共作。事実上の出世作「Somewhere Before」からアメリカン・カルテットまで、初期ー黄金期のキースと歩みを共にしていた彼との久しぶりの邂逅が美しいスタンダード・バラード集となって結実しています。

1. For All We Know 
2. Where Can I Go Without You 
3. No Moon At All 
4. One Day I'll Fly Away 
5. Intro - I'm Gonna Laugh You Right Out Of My Life 
6. Body And Soul 
7. Goodbye 
8. Don't Ever Leave Me 

2010 ECM, recorded March 2007 at Cavelight Studio
recording producer: Keith Jarrett
executive producer: Manfred Eicher

 ECMの通例で上質の紙ケースに入っており、ジャケットは2つの四角が交わりながらつながっているというミニマリズム的・トリックアート的な意匠ですが、きっと二人の再会を祝福しているのでしょう。ジャケを開けますと、キース自身が詳細なライナーノートを書いています。

 それを参考に本作を簡単に解説しますと、録音は彼の持つ小さなスタジオで決して完全には調整されていないAmerican Steinwayを用いて行われたそうです。ちょっとおかしいけれど形式ばっておらず、ダイレクトに聴いている人の心に響くような音が得られたと述べています。まるでローリング・ストーンズの同じキースバッド・チューニングを思わせるやり方ですね。

 そしてヘイデンとの30年間振りのセッションの経緯についても詳細に記していますが、一言で言うと「以心伝心」で魔法のように完璧に共演できたそうです。さすが、としか言い様が無いですね。一方編集はそれから実に3年の歳月を要してじっくりと考え抜いて行ったとのこと、キースのこの作品にかける強い思いが伝わってきます。

The Melody at Night, With You さて、実際に聴いてみますと、一曲目の「For All We Know」から二人の息もぴったりの美しく静かな対話が続きます。ライナーノートの通り、彼の音楽の持つ不思議な浸透力がバッド・チューニングのアメリカン・スタインウェイから溢れるように紡ぎ出され、それをヘイデンが静かにしかしかっちりとサポートしています。キースの唸り声もちょっと控えめではありますがちゃんと収録されています(笑。

 実はこのアルバムはスタジオ録音作品としてはキースの復帰第一弾ソロ作「Melody at night, with you」から実に11年振りとなる作品であり、しかも前作と殆ど同じ雰囲気を醸し出しています。実際終曲「Don't Ever Leave Me」はそのアルバムにも収録され心に沁みいるようなタッチで演奏されていました。今回もその空気感そのままにデュオ作品に変化した印象を受け、まるで前作に回帰したごとくの終わり方でした。3年間考え抜いた選曲と曲順である限り、これは絶対に意図的なものと考えられます。

 何故スタジオ録音はソロとデュオの2作だけで、しかも前作に回帰するようなアルバムを製作しなければならなかったのか?やはりその鍵は彼自身の闘病生活にあると思います。前作「Melody at night, with you」はスイングジャーナル誌で金賞を取ったと記憶しています。キースはその時に

「このようなとてもパーソナルなアルバムに栄誉ある賞をいただいて光栄だ」

という主旨の謝辞を述べていました。このパーソナルという言葉には実は深い意味がありました。数年間彼を苦しめ続けた慢性疲労症候群からようやく回復し、初めてスタジオで録音できたアルバムであったからです。

 自らの闘病の経験から得られた貴重な結実であったその前作から敷衍して、今回は現代の病んだ世界に暮らす人々をこの作品で少しでも癒したいという思いがあったのではないでしょうか。となると、難解で高度なジャズを作るよりは前作の延長線上にある作品となる事は必然であった、そう思えてなりません。

 ジャスミンは芳香を放ちながら夜に咲く花、そのようなアルバムだから、

Call your wife or husband or lover in late at night and sit down and listen.

とライナーノートは締めくくられています。「Melody at night, with you」を文章化したかのようです。これを以て軟弱なジャズであるとか、イージーリスニングに堕しているとか批判する事は簡単ですが、私は決してそうは思いません。

 そう、心身ともに健康で、良き伴侶、良き恋人とこの美しい音楽を聴きながら静かな夜を過ごす事は、人生に於いてとてもとても価値のある事。。。その事を一番身に沁みて良く理解しているのが辛い辛い闘病を経たキース本人なのです。

 私の宝物が1枚増えた事をキース・ジャレットチャーリー・ヘイデンに感謝したいと思います。