ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

Billy Bat 1 / 浦沢直樹

BILLY BAT 1 (モーニングKC)
 拙ブログのコミックスのカテゴリーもそろそろ新ネタを、と思っておりましたが、やっぱり浦沢直樹になりました(大汗。Plutoの終了とほぼ同時に刊行された「Billy Bat」です。「20世紀少年」と同じく昭和が舞台ですが、時代は少し遡り、「Pluto」の原作者手塚治虫が新・宝島を描いていた頃、占領軍支配下の日本が舞台となっています。そして驚いた事に本作は戦後日本の三大謀略事件の一つ、下山事件をメイン・テーマとして扱っています。

『1949年、アメリカ──『スーパーマン』『ワンダーウーマン』に並ぶ人気漫画『ビリーバットシリーズ』を描く、ケヴィン・ヤマガタのもとに、彼が描くキャラクターと同じものを以前日本で見たという情報が入った。ケヴィンはその真偽を確かめるため日本へと渡る──

浦沢直樹長崎尚志の強力タッグがつむぐ、最新作!
コウモリが歴史の深淵を照らし出す── (公式HPより)』

 時あたかも占領軍と第3次吉田内閣により100万人以上の労働者切りが画策されていた時代で、労働組合の抵抗運動が盛り上がるとともに共産党勢力が急進していた時期でした。そのような時代背景の中で下山・三鷹松川事件が起こります。

 個人的な思い出になりますが、私の中高時代の政治経済の先生は弁護士を目指されており(実際その後弁護士の資格を取得されました)、冤罪事件の講義には特に力を入れておられました。ですから教科書とは全く関係なくこの三大謀略事件に関して熱のこもった授業を展開されたのを覚えています。結局この三大事件は

「組合・共産勢力の台頭を防止・後退させるための占領軍を中心とした陰謀」

の可能性が高いという見方が一番有力であるものの、その真相は21世紀の今に至っても「黒い霧」に包まれています。そのあたりを浦沢・長崎コンビがどう切り込んで行くのか、第一巻はとてもスリリングな導入部となっています。
 特に第一話に於いて、主人公ケヴィン・ヤマガタレイチェル・ヤマガタとの関係は?(笑))の描くハードボイルド・コミックを楽しませた後、結末付近で現実世界に戻り、ケヴィンが編集者からの電話に

「すべてソ連のスパイのせいっていうのはいくらなんでも」

とこぼし、それに対して編集者が

「今日びなんでもかんでもソ連のせいにしとけばオッケーなの」

と返すところなどは、その頃の赤狩りのバックグラウンドを説明するとともに、このストーリーの展開を暗示していて秀逸です。

 そして日本に渡ったケヴィンは早速謀略の渦に巻き込まれ、下山国鉄総裁轢死事件が引き起こされ、彼が容疑者とされてしまいます。さて、その先の展開は、というところで次巻以降が楽しみではありますが、事件の複雑さと今なお解明されていない謎の多さに鑑みて、浦沢、長崎の二人の作者にはかなりの困難な作業となる事が予想されます。それでもこの事件を扱いたかった理由として長崎尚志氏は先日新聞紙上で

「戦争の記憶が風化していく事に危機感を感じている」

と述べていました。その志を貫いて是非とも良い作品に仕上げてもらいたいものです。なお、三大事件に関して予備知識のない方は松本清張の「日本の黒い霧」を先に読まれる事をお勧めします。