ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ディア・ドクター

Deardoctor
はむちぃ: おや、先日のシネリーブルへのお出かけはてっきり「エヴァ・破」と思っておりましたが、「ディア・ドクター」でございましたか。医者もの嫌い、難病もの嫌いのご主人様にしては珍しゅうございますね。
ゆうけい: 先日「おと・な・り」を観た時にこの映画の予告編をやってたんだよね。それだけでストーリー的にはほぼ想像がついて、確かに辟易しかけたんだけど、なんと「ゆれる」の西川美和が監督だというじゃないですか。これはただの安っぽいドラマにはならないなと思いなおして、公開されたらすぐ観にいこうと思っていたんだよ。

『監督: 西川美和
キャスト: 笑福亭鶴瓶瑛太余貴美子松重豊岩松了笹野高史井川遥中村勘三郎香川照之八千草薫

街まで車で2時間もかかる僻村にやって来た、医大を出たばかりの相馬(瑛太)。研修医として赴任してきた彼を待っていたのは、看護師と一緒に診療所を切り回している、物腰の柔らかそうな中年医師、伊野(笑福亭鶴瓶)。数年前、長く無医村だったこの地にふらりとやってきたこの医者は、高血圧から心臓蘇生、地方老人の話し相手まで、様々な病を一手に受け、村人から絶大な信頼を寄せられていた。そんなある日、伊野の元にかづ子(八千草薫)という独り暮らしの未亡人が診察にやってくる。ずっと診療所を避けていた彼女だったが、次第に伊野に心を開き始める。そして、彼女の診療を通じ、伊野が隠していた意外な素顔が浮かび上がってくる――。笑福亭鶴瓶が映画初主演を果たした、『ゆれる』の西川美和監督の最新作。

2009,日本,エンジンフイルム、アスミック・エース
(CinemaCafe netより)』

は: パンフレットを拝見しますとキャッチが「その嘘は罪ですか?」と、やや安っぽいですね。
ゆ: ホント、もうちょっと何とかならなかったもんかね、でもさすがに「ゆれる」を撮った西川監督だけあって、安易なお涙頂戴モノにはなっていなかったですからご安心を。
は: 「ゆれる」では黒沢明の「羅生門」的手法を使って、善と悪、良心と憎悪の間を揺れ動く人間心理を鋭く描いておられましたね。
ゆ: その「ゆれる」をとすれば本作はコメディタッチのになってるんですが、根っからの善人も登場しないし全くの悪人も登場しないあたりが「ゆれる」に通じるものがありますね。その不思議なリアリティが映画全体に微妙な影と揺らぎ感を与えていて秀逸でした。
は: 具体的にはどのような場面でございましょうか。
は: 村民が「神様よりあの先生だ」と崇めていた医師伊野鶴瓶)が失踪して警察が介入してくる場面から映画は始まるんですが、刑事に聴取されれば誰も失踪した医師をかばうでもないし、平気で白も切る。おかしいと思わなかったのかと問い詰められれば、それで村全体がうまくいくならそれはそれで良かったと開き直る、そのあたりの登場人物のしたたかさが私にとってはとても腑に落ちるので快かったですね。
は: それはご主人様の実地体験から得たものでもございましょう(^_^;)。
ゆ: まあまあそのあたりは後程ということで。

は: 映像的にも西川監督は独特のセンスを持っておられますね。
ゆ: 映画冒頭、真っ暗な村の田んぼ道を遠景で撮って、自転車のライトらしき光が移動するのを追っかける、そのうちに道端に何か白いものが捨ててあるのが見える、光が止まって誰かがそれを着るとどうも白衣だと分かる、その白い影とライトがまた移動していく、あの映像センスでもう一本取られた感じになっちゃいました。
は: 普通農村風景というと、大体はのどかな田畑から描き始めますよね。
ゆ: もちろん昼の棚田を渡る風に揺れる稲穂の美しさもちゃんと描いているんですが、夜の暗い農村の侘しさとの対比が上手かったですね。陰陽の描き分けの上手い方です。

は: さて、初主演の笑福亭鶴瓶様でございますが。
ゆ: なにしろアフロヘアにジーンズのオーバーオールのペイペイの頃から知ってますから、友達が映画に出てるような変な感じでしたね、関西の深夜放送全盛時代に青春を過ごした人はみんなそう思ったんじゃないかな。だから最初の数シーン見ただけで

「ありゃ地でやってるよ」

と分かるんですけどそれでも上手い、まさにハマり役でしたね。
は: 先日はヤンタン時代にお世話になったMBS(毎日放送ラジオ)にプロモーションで出ずっぱりでございましたね。
ゆ: コンちゃん(近藤光史MBS現フリーアナ、鶴瓶ちゃんやさんまちゃんとため口をきける数少ないアナウンサー(笑))との丁々発止には思わず昔を思い出しましたね。本映画に主演すると決まった時には

勘三郎西川美和は良い女だけどくれぐれも手を出すなよとメールしてきよったわ」

だそうですよ(笑。
は: 「なんでそんなに次から次へと映画の出演依頼がまい込んで来るねん!?」とコンちゃんに突っ込まれておられましたが、
ゆ: 友達つながりがどんどん増えて、方々から声かけられるねん、と答えてましたね。おそらくその通りなんだろうと思います。彼の人柄、人徳なんでしょう。
は: 昔ラジオでいちびり過ぎて大ナベ(伝説の超大物MBSプロデューサー)さんに謹慎を喰らってしまった事もござましたが(笑。
ゆ: その頃から芯はまじめで努力家でしたからね、タモリが昔

「関西から上京されて一番恐いのは鶴瓶だ」

と言ってたはさすがの慧眼でしたね。まあ時々TVでチンチン丸出しやらかしてますけど(爆。

は: 鶴瓶様以外の注目俳優はやはり「ゆれる」の兄役の香川照之様でございましょうか。
ゆ: 今回は鶴瓶に振り回される薬卸のセールスマンというバイプレーヤー役なんですが、それでも上手さは際だってますね。特に喫茶店で刑事(松重豊)から伊野の行動を問い詰められている時に急に椅子ごとひっくり返ってみせ、あわてて体を支えにきた刑事に

「あなたは私に愛情を持ってるわけじゃ無いでしょう、でもとっさに支えにきてくれましたよね、何故ですか、きっとあの先生もこんな感じだったんだと思いますよ」

と嘯くあたり、勿論演出も上手いんですが、こいつはやっぱりスゴいなと思いました。

は: 新米医師を演じる瑛太様は典型的な今風イケメンでございますが。
ゆ: 研修医の頃の私を見ているようでしたね(嘘x800、まあ私はその頃BMWカブリオレを買う金は無かったですけど。
は: そっちでの「(違」ではないように思いますが(-.-)ボソッ。
ゆ: さすがに「余命なんたら」は見る気がしないですけど、「サマータイムマシン・ブルース」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」とか、彼結構良い映画に出て活躍してますよね。この映画でも、鶴瓶との口論や刑事の聴取への対応などで見せる適度に抑制の効いた感情表現なんかは感心しました。
は: やっぱり役者は良い監督との出会いで育っていくんでございますね。
ゆ: 一言言っとくと、あの髪の毛は医師としては不適切ですね(笑。外科処置をやる以上不潔なものはぼさぼさ伸ばしちゃいけません。

は: 女優陣では、昔から八千草薫様のファンでいらっしゃいましたから嬉しかったんじゃないですか?
ゆ: これこれはむちぃ君、余計な事をイワンの馬鹿(*^_^*)。
は: おっ、久しぶりの照れギャグ(^_^;)
ゆ: まあそれはそれとして、伊野の素性をほぼ把握していながら彼を支え続ける看護師役の余貴美子が何と言っても光っていましたね。昔救急現場の経験もあるベテラン看護士という役柄を迫真の演技でこなしていたのには感服しました。「おくりびと」でも渋い演技をされてましたし、日本映画界の貴重な人材だと思います。

は: 美人の役どころは八千草薫様の娘で東京で女医をしている井川遥様でございましたが。
ゆ: 美人の上に結構上手い人で、女医役をそつなくこなしてましたね、それより何より彼女がふと漏らした

「ひとの親は沢山診てるんですけど、自分の親を診に帰る暇が無くって」

という一言がぐさっときましたね(苦笑。

は: というわけでございまして、題名が「Dear Doctor」、全国の医師の皆様に捧げられた映画とも取れますがご主人様、如何でございましたでしょうか。
ゆ: 勿論突っ込もうと思えばいくらでも突っ込めるんですけど、普通の医療モノドラマに感じるじれったさや無知と誤解への怒りなどは殆ど無かったですね。
は: 西川監督は日本の医療の現状、全人医療の理想と現実の乖離、さらには農村医療の現状と問題点など、結構深いところまでリサーチしておられたようですね。
ゆ: 映画一本作るにはこれくらいの努力が必要なのは当たり前なんですが、それをできていない映画が多すぎる現在、彼女のような監督がいるのは心強いですね。まあいくらなんでも往診や救急処置がちょっと上手くいったからって村民総出で万歳してくれる村なんかありませんけど(笑。

は: まあそこはコメディということで(笑。ところでご主人様も農村で往診とかされておられましたよね。
ゆ: 法人の勤務シフトの都合で3年くらい農村の診療所を任されてましたからね。ムササビが飛んでるような山道を往診にも出かけたし、自宅で看取りたいという人があれば夜中でも看取りましたし。この映画の冒頭のシーンのように生き返ったりはしませんよ(爆。
は: その視点でごらんになって如何でございました?
ゆ: まあ限界集落の問題は医療だけでかたがつくわけじゃないですから、力になれるといっても微々たるもんです。皆が皆喜んでくれるわけでも無いし、大病院信仰みたいなものも根強くあって、実際今の日本じゃ車さえあればどこかの大病院へ結局は担ぎ込めますしね。まあその上でですけど、確かに患者さんのバックグラウンドが良く見える、例えば家でどんな暮らしをしているのかが分かるだけでその患者さんの事をより理解できるようになる、またお互い少しは心が通じ合うようになって、大病院で流れ作業のような医療をするよりは全人的医療をできたように思います。それは確かにこの映画でも指摘されている通りですね。

は: そういえば診療所から見える田んぼの四季の移り変わりを見るのが好きだとおっしゃってましたね。
ゆ: 日本の四季を感じましたけど、減反調整で段々と田んぼが減っていくのを見るのは辛かったですね。それはそうと、先程大病院の流れ作業のような治療を批判はしましたけれど、今回の瑛太のように卒業してすぐにこのような場所でずっと研修し続けていても使い物になる医師にはならないことも観る人は知っておいて欲しいですね。むしろこのような場所へはある程度の研修を終えて一般医療に自信がついてから来るべきだと思います。
は: クライマックスの一つが緊張性気胸の急患に余貴美子様の指示で鶴瓶様が恐々エラスタ針を指す場面だそうでございますね。
ゆ: やろうと思えば数秒で終わる手技ですけど、確かにやったことのない人はビビるでしょう。二人共迫真の演技でしたね。実際緊張性気胸は一刻を争う上に判断や手技を誤れば死にますし、おまけにあれほど劇的に良くなる症例ばかりじゃないですしね。だからこそある程度の修練を経ないと自分一人で何でもしなきゃいけない職場へは行くべきではないです。

は: どこへ行こうと命がかかっている以上凄いストレスがかかるものでございますね。
ゆ: 冒頭で刑事がこんな辺鄙な農村の診療所で年収2000万円!?、と驚く場面があるんですが、まああんな事が起こり得て24時間コール状態である以上、決して高くはないですね。勿論私はそんなにもらってなかったですけど、医師不足の現在ではこれ以上の金額で募集しているところは実際にありますよ。

は: というわけで、日本の医療の現状に鋭く切り込みつつ笑いにも溢れている佳作でございます。
ゆ: ラストシーンにはみんな思わず笑っていました、「ゆれる」と違って後味がいいですから是非どうぞ。

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