ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

The Brooklyn Follies / Paul Auster

The Brooklyn Follies
(Picador, Paperback)
はむちぃ: ご主人様の洋書レビューにかりだされて参りましたはむちぃでございます。で、例によってまたまたポール・オースターでございますね、確か以前のレビューで次は最新作「Man In The Dark」を読むぞと大見得を切られましたが?(;一_一)
ゆうけい: なかなかペイパーバックが出ずに実は未読でね、今日やっと届きましたのでぼちぼちとそちらにチャレンジする予定です。で先日洋画「グラン・トリノ」のレビューをした時に思いだしたのが、オースターの「The Brooklyn Follies」だったんですよ。
は: グラン・トリノが現代のアメリカを活写しているのと関係があるのでございますか?
ゆ: そうそう。この本もさりげなく現代アメリカの一面を描写していますので紹介したいと思います。

は: さてこの本は2005年に発表され、アメリカでは大変な話題を呼びベストセラーになったのでございましたね。
ゆ: 書評でも彼のベストに押す声も多かったようですが一方で、アメリカ人のトラウマを上手く利用している事がベストセラーになった背景にある、という意地悪な見方もありました。私もそういうケレンはあまり好きではないので半信半疑で読んでみたのですが、やっぱりオースターはオースターでした、テンポの良いスラップスティック・コメディ・タッチで目まぐるしく話は進み、、、
は: 最後はほのぼのと味わい深く終わるかと思いきや、、、
ゆ: 最後の最後にグラン・トリノではありませんが「衝撃のラスト」を用意するという実にサービス精神旺盛な小説となっていました。

は: ストーリーテラーとしての成熟を見せるオースター様が、その手法により現代アメリカについて問題提起しをしているという点で意義深い作品なのでございますね。では早速内容紹介に参りましょう。
ゆ: 舞台は主にニューヨーク市・ブルックリン地区、時あたかもブッシュとゴアが熾烈な大統領選を繰り広げていた2000年春から、翌2001年秋にかけての物語です。
は: 主人公の名前はNathan Glass。これだけでにやっとするオースターファンも多いでしょうね。
ゆ: 初期の代表作「The  New York Trilogy」の一編が「City Of Glass」でしたからね。ニューヨーク市を舞台にした物語の主人公にGlassというセカンド・ネームをつけたところに僅かながらポストモダンの香りが残っていますね。

は: さて、そのネイサン・グラス氏は優秀な保険販売員でしたが、肺癌を告知されたのをきっかけに早期退職し、「静かな死に場所」として自分の生まれたブルックリンの街を選んで一人で戻ってきました。
ゆ: 現実にもブルックリンはニューヨークで一番ユダヤ教徒が多い街なんですが、グラス氏も当然ユダヤ人です。このあたりはオースター自身とイメージがかぶるところがありますね。
は: そのグラス氏、妻とは喧嘩のすえ離婚し、説得に来た娘もかんかんに怒らせて帰してしまいます。
ゆ: そして、慰みに身の回りのFolly(どうでもいい様な愚かな事、ばかげた出来事)を書き貯めていき、それをThe Book of Human Follyと名付けて余生の楽しみとすることにしました。これがそのまま本の題名となっています。

は: となりますとオースター様得意のムダ話、薀蓄話が延々と続くのかなと思われるかもしれませんが、今回は違いますね。ブルックリンの街は、彼を静かに放っておいてくれませんでした。
ゆ: まずは、長らく音信不通だった甥のThomas Wood(以後トム)と偶然再会します。幼い頃から文学好きのネイサンの影響を受けアメリカ文学の研究をしているはずだったトムは何故か落ちぶれてタクシー運転手を経て古本屋の店員になっていました。ただそれだけにこの二人の文学に関する薀蓄話は物凄く深くて、ホーソンポーソローウィトゲンシュタイン、更にはカフカまで様々な作家のトリビアが満載されております。

は: その万年文学青年トム様が声もかけられないまま恋する美しい人妻が宝石商のNancy様でございます。
ゆ: その奥手のトムが勝手に名付けた名前がなんとB.P.M. (beautiful perfect mother)、この三文字には笑いましたね(^_^;)。最初は単なる端役かと思いきや、彼女自身とその母までもが物語の最後までこの話に関わってきます。

は: そしてこの物語のもう一人の主人公ともいうべき、トムが働く古本屋の主人がHarry Brightman(以後ハリー)様でございます。
ゆ: 絵画の贋作事件に関わり前科のある、一癖も二癖もある同性愛者なのですが、これがまた憎めないとても魅力的な人物なんですよ。
は: とはいえ、またまたホーソンの「緋文字」の手書き原稿なる怪しげなブツを巡って一儲けしようと企んでいるようで、ネイサンの忠告も聞き入れる耳を持たないんですね。
ゆ: それが後半のどんでん返し的展開につながっていくのですが、ホント、オースターの自家薬籠中の人物造形ですね。特に彼がネイサンやトムに語る「Hotel Existence」という夢想はオースターにしてはロマンチックでした。
は: 夢想なのに「実在ホテル」というあたりはオースター様得意のウィットでしょうね(笑。
ゆ: まあ一種のユートピアなんですが、酒の上の話だけで終わるかと思いきや、その後面白い展開を見せます。

は: そして突然現れて物語を急展開させるのが、突然トムのもとを訪れた少女Lucyちゃん。トムの妹で、ポルノフィルムのモデルになったり、ロックバンドのボーカリストになったりしているうちに音信不通となっているAuroraの娘さんなのですが、やってきて以後何故か一言も口を聞きません。
ゆ: それに関しては南部の怪しげなカルト的宗教が関係してくるのが後半分かってきますがここでは言及しません。それより困りきった二人がLucyをバーモント州の親戚のおばさんに預けるべく向かう道中が本当に面白く、この小説のハイライトの一つですね。まるでロードムービーを見るようです。
は: ネイサン様のおんぼろ車で出発したものの、あるアクシデントで途中で車が故障し、修理屋に紹介されたホテルがChowder Inn。ここにもいろいろな事情があり、素晴らしいロケーションと良く手入れされた芝生が美しい素晴らしいホテルにもかかわらず、このお三人が長年の空白を経た挙句の最初の客だったのですね。
ゆ: そのホテルの主Stanley Chowderと彼の娘Honeyの歓待により、トラブルにめげていたネイサンとトムはとても楽しい数日を過ごし、ネイサンはこここそがトムの「Hotel Existence」ではないかと思い始めます。ハリーの金儲け話が実現すればここを買い取ろうとまで思い始めますが、出発の朝彼らを待ち受けていたのはなんと、ハリーの死の報せでした。。。

は: と、ここまででも物語は目まぐるしく展開しているのですが、この後も更なるどんでん返しの連続で休む間もなく話は進んでまいります。
ゆ: 静かに余生を暮らすはずだったネイサン、うらぶれて人生をあきらめかけていたトムにとっては全く予想外の展開ですが、親戚連中やブルックリンの仲間が織り成す悲喜劇に巻き込まれていくうちに彼らもまた人生を生きる喜び、目標を取り戻していきます。。。 ここから後は読まれる方のお楽しみにとっておきましょう。

は: さて小説全体を見渡してみますと、ここまで述べてきた主要な登場人物以外にも様々な登場人物がFollyを繰り広げ、全体が無数の大小のエピソードから成り立っている印象を受けますね。
ゆ: まさにオースターの映画「SMOKE」「Blue In The Face」をみているような錯覚にとらわれました。このように脈絡なく様々なエピドードが挿入されるのはもちろんオースターの小説の一つの魅力でもあるのですが、今回はそれに一つの落とし前をつけようという試みが語られています。
は: それがネイサンが終盤病床で思いついた「Biography Insurance」というアイデアでございますね。
ゆ: そうそう。突然の心臓発作に襲われ救急病院に搬送されベッドで横たわっているうちに、隣のベッドに入っては消えていく患者たちを眺めていて突然彼は思いつくのです。

名も無き一般人の死は決して後世語られることは無い

それなら、その無名の人たちの伝記を書く商売を始めてはどうかと。
は; 希望者があれば毎月小額の支払いで費用を積み立ててもらう。つまり、これは生命保険ならぬ「伝記保険」なのだということでございますね。
ゆ: 彼の保険会社勤務の経験からの直感で需要は絶対に少なくないはず。トムという有用な助手もいる。そしてもし書くなら先ずはハリーからだ。。。とネイサンの夢想は限りなく広がっていきますが、ここに再びポストモダン的事実を提示しましょう。

は: ポストモダン的と申しますと現実にそのような保険があるのでございますか!?
ゆ: ノンノン、はむちぃ君焦るのでな~い、でも当たらずといえど遠からずだよ、はっはっは~。
は: いきなり髭男爵でボケなくてもいいものを(--〆)。
ゆ: これは失礼、まあ冗談はともかく実はオースターはこれに近い事を現実に行っているのです、それが「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」です。ラジオ番組を受け持たされネタに困っていたオースターが妻シリからの助言で広くリスナーから本当にあった面白い話を募ったところ膨大な投書が寄せられたところから始まった企画で、実はこの小説より一足先に邦訳され文庫本でも出ています。

ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉 (新潮文庫)

は: なるほど、まさに名も無き人々の声を集めるプロジェクトなのでございますね。
さて、いよいよレビューも終盤に突入でございます。
ゆ: 皆様もいい加減お疲れでございましょうが、これからがこの小説の肝ゆえ、もう少しお付き合いくださいませ。
m(__)m

は: さて、本作の特徴といたしまして、現実の政治とリンクして物語が進みますね。
ゆ: 最初に述べた通り物語が2000年のブッシュ対ゴアの大統領選挙の時期に設定されていて、例えばトムハニーが共通してブッシュに批判的であることが、ホテルで二人が打ち解けるきっかけになったりしています。
は: ハニー

"Do you know what happened the last time a nation listened to a bush?"

と言う謎かけは特に面白かったですね。
ゆ: アメリカ国民は40年間砂漠を彷徨うんですね(笑。もちろん旧約聖書からのジョークなんですが、ユダヤ人が40年間彷徨った末に辿り着いたカナンが「蜜(Honey)と乳の流れる地」であるところなぞしゃれていますね。
は: そのお二人の願いとは逆に大統領選挙はフロリダ州での不透明な「計算ミス」事件によりブッシュ様が大統領に選ばれてしまいます。
ゆ: トムとハニーはこれに激怒してデモに参加したり政治的アクションを起こしています。これはオースター小説の新しい局面だと思います。
は: これはもう確信的にオースター様ご自身の政治的姿勢なのでございましょうね。
ゆ: おやはむちぃ君、するど~い。彼の長編小説中でここまではっきりと自身の政治的立場をはっきりさせたのはおそらく初めてだと思います。何故そこまでする必要があったのか?
は: それがたった1ページ程度の終章「X Marks The Spot」で明らかになるわけですね。
ゆ: "X Marks The Spot."は前半でハリーが語る台詞でもあるのですが、これによりブルックリンを舞台にしたこのミクロ的小説世界とマクロの現実世界が見事に融合して小説は幕を閉じます。ネタバレは控えておきますが、一つだけヒントを言っておくと、名匠黒木和雄監督が長崎原爆をテーマにした「明日Tomorrow」という映画の手法に近いと思います。

は: 思いがけず長いレビューとなってしまいましたが、絶好調のオースター節に加えて「Hotel Existence」「Life Insurance」という面白いテーマ、更には現実世界との融合という試みがなされた面白い本でございます。
ゆ: 長らくのお付き合いありがとうございました、興味を持っていただいた方がおられましらた、英語もそれ程難しくありませんしとにかくぐいぐい読者をぐいぐい引っ張ってくれますので、GW明けで落ち着いて読書などいかがでございましょう。
は: ではご主人様は「Man In The Dark」の方を頑張ってくださいませ。
ゆ: そうですね、ゆっくり楽しませていただきます。
は: 村上春樹1Q84出版までに読了は無理だと思いますが(-.-)ボソッ
ゆ: ん?、ボンジュール!(髭男爵風)