ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

美味しんぼ (102) 究極と至高の行方

美味しんぼ 102 (102) (ビッグコミックス)
 既にご存知の方も多いと思いますが、25年間の長きに渡り続いていた漫画「美味しんぼ」が暫定的に一旦終了しました。個人的にもこのブログで何回もネタにさせていただいたり、始まったばかりの頃私の所属していた研究室で大ブームとなった折、

海原雄山 = 北大路魯山人」説

をいち早く主張してちょっと尊敬されたりと、懐かしい思い出が一杯の漫画でした。ここの常連さんにもファンが多くて驚いた覚えがあります。
 さて、最終巻は最終話「究極と至高の行方」全11回分をまとめて一冊にするとの告知があったものの出版は少し遅れていました。噂では架空対談が進まずに発売が遅れていたそうですが、ようやく刊行されました。

 過去の総決算的対決、父海原雄山と息子山岡士郎の「歴史的和解」と、現実のニュースの社会面記事にまでなるほどの話題性がありましたから楽しみにしていましたが、実際読んでみると11回もかけた割にはやや拙速であった面は否めません。もっと明るく和解に至ったのかと思ったら、士郎の方は相変わらずと言うか、醜態と入っていい程の屈折振りを見せています。料理の方もあえて言うと新味はありません、まあ過去の総決算ですから当たり前なんでしょうけれども。

 しかしそれで雁屋哲+花咲アキラのこれまでの業績が否定されるわけでもありませんし、個人的には致し方ないかなと思います。全101巻で延々主張し続けてきた事をとりあえずここでまとめないといけない、そして父子の確執にもけりをつけなければいけない、それは大変な作業だったと思います。

 おまけに初期には喝采で迎えられた雁屋哲氏の主張ですが、最近では強い逆風が吹き荒れていたと聞いています。食品会社とのトラブル、若者批判発言への批判、更にはネット右翼からの激しい攻撃と、ネット社会の発展の裏の部分に彼もいい加減疲れ果て、更には発行元としても一旦何らかの形で終了させなければならない必要性に迫られていたのだと思います。

 もちろん事実関係を全て把握しているわけでもないし、私自身これはあんまりだなと感じたことも正直ありました。だから本当に彼が間違っていた事もあるかも知れないし、漫画としてのストーリに面白みがあるのかと言うと疑問符が付くこともあります。

 しかし彼が日本の食品関係者の誰もまだ声をあげていなかったバブル初期の1983年に、安易なグルメブームを批判し、日本の食文化の存続の重要性を説き、そして食の安全性の危機に最初に警鐘を鳴らし、その後もその軸をぶらすことなく今日まで至った事はただ一言

偉業

であると思います。彼がいなければ知られないままに行政や企業の思うままになっていた事は沢山あるはずですし、今の青年、中年世代にはこの漫画で本当の日本の食文化を知った人も数多く入るはずです。

 惜しむらくはこれだけの作品を持ちながら、日本と言う国は自らの臓腑を腐らせていくばかりです。
 農業、酪業、畜産業が危機に瀕している事は日夜報道されているにもかかわらず高齢化や原油高騰もあり歯止めがかかりません。
 食品偽装事件等食のモラルが守られていない事件も後を立ちません。
 中国からの輸入食品やアメリカからの輸入牛の危険性が白日の元にさらされてもスーパー産業や外食産業が日本の経済の一翼を担っている限り、もう止める事は不可能です。

 私を含めて普通に日常を生きている日本人が家族団欒の食卓を囲む事は本当に難しいです。そして、本当に安全で美味しい食材を手に入れようと思うと収入ではまかなえないほどのお金がかかります。そしてその食材でさえ偽装されていないという保証はありません。そのような状況下で物価は高騰し、貧富の格差は以前中流と言われていた層にまで及んでいます。
  安易に「美味しんぼ」を批判する事は簡単ですが、それで事は解決しますか?たかが漫画ですか?漫画はもうトウの昔から日本で一番有効なメディアですよ。そのメディアを以てしても食い止められなかった食文化の崩壊ひいては日本の危機を行政なり企業なりはもう一度虚心坦懐に見直して欲しいと思います。

  更にその不安に拍車をかけるのが、外食産業に馴らされた子供たちです。本当に麻痺しているとしかいいようがない味覚音痴やメタボリック・チルドレンが増え続けていることは、私の職場でさえ実感します。また、根拠・証拠はないといわれていますがどう考えても食のアンバランスが子供の脳に悪影響を与えているとしか言いようのない凶悪事件が続くのには暗澹たる気持ちになります。

 例えば今回の至高のメニューを子供や若者に食べさせようとしても、大半を残してしまうのではないでしょうか?あるいはTVドラマ「おせん」の最終回のようにケチャップやマヨネーズをかけまくるか。

 まあ、色々と愚痴のような事を書きつづってしまいましたが、考えればこれほどドラスティックに世界が変化し続けると生活の根幹も変化せざるを得ないし、飢餓で苦しんだ時代を考えれば日本は少なくとも歴史上もっとも豊かな時代である事も事実です。そして今の若い子供を持つ親の世代には「美味しんぼ」で食の大切さを知った人たちが多いはずです。その成果が出てくるのはこれからなのだ、と信じて次の世代に期待したいと思います。

 雁屋哲さん、花咲アキラさん、本当に長い間ご苦労様でした。またの復活を楽しみにしております。

Oishi