ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

カラヤンとフルトヴェングラー / 中川右介

カラヤンとフルトヴェングラー (幻冬舎新書 な 1-1)
 どるさんやkoyamaさんのリクエストには「誠に残念ながら」お応えできませんでしたが(笑)、せめてものお詫びにクラシック本ネタをお贈りします。ステレオサウンドの広告には時として本記事よりも面白いものがあるのですが、その一つにベーレンプラッテというクラシック輸入盤専門ショップの「LP GUIDE FOR AUDIOPHILE」というエッセイがあります。 去年の163、164号には、金子学さんという店主?さんの

「日本で最も有名なオーケストラ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(上)(下)」

という文章が載りました。覚えておられるオーディオファイルも多いと思いますが、フルトヴェングラーカラヤンチェリビダッケの3巨匠の関係が第二次世界大戦前後の政治情勢を背景に簡潔にまとめられており、結構興味深く読みました。そこでもう少し詳しく掘り下げて調べたくなり、この本を読んでみたわけです。

『クラシック界最高の名声と金そして権力が集中するベルリン・フィル首席指揮者の座。ナチス時代、その三代目に君臨する巨匠フルトヴェングラー。彼は誠実な音楽の僕でありさえすればよかった、比類なき才能と野心をもった青年カラヤンが現れるまでは―。嫉妬の炎を執拗に燃やし詐略をめぐらす巨匠、巧みに抗うカラヤン、そこに巨匠を慕う無名の田舎音楽家チェリビダッケが加わり、争いはさらに複雑になる。クラシック黄金時代の美と欲望のドラマ。(帯より)』

 クラシックジャーナルに著者が柄谷淳三郎の筆名で連載した「ベルリン・トライアングル」をベースに全面改稿したのがこの本です。膨大な資料をよく整理して客観的に事実を述べていくというノンフィクションのお手本のような文章ですが、これが実にスリリングで面白い。フルヴェン、カラヤンチェリビダッケという3人の強烈な個性に負うところも勿論大きいのですが、ヒトラーゲッペルスゲーリングといったナチの大物との関係、戦後の非ナチ化や汚名、ユダヤ人音楽家の反感などが克明に描かれているところも興味深いです。冒頭に述べたエッセイ程度の知識は漠然とは持っていましたが、歴史に翻弄された彼らの実像をはっきりと知ることが出来て勉強になりました。

 しかしまあそれにしても、向こうの人たちの人物の好き嫌いは激しいですね。この辺が肉食・狩猟民族と草食・農耕民族の違いでしょうか(笑。私たちの研究分野での巧妙争いでもそうですが、音楽の最高峰指揮者ともなれば熾烈を極めております。帯に抗争の三角形という図があって非常に分かりやすいので出来るだけ写してみます。

フルトヴェングラー(1886-1954)三代目首席指揮者、生粋のドイツ人

  激しい嫉妬 ↓  ↑ 表向きの尊敬

カラヤン(1908-1989)新進気鋭のオーストリア人若手指揮者

     抹殺  ↓  ↑  軽蔑

チェリビダッケ(1912-1996)

     忠誠  ↓  ↑  猜疑心

フルトヴェングラー

 まあ正直なところフルヴェンに抱いていた伝説的な名指揮者としての偶像崇拝は音を立てて崩れ去りました。強烈な嫉妬心猜疑心もさることながら、今で言うKY(^_^;)の典型だったようです。それもスケールが違う。例えば周囲から見ればナチの広告塔そのものであったにもかかわらず、

「自分はナチに協力した覚えは無く、むしろ抵抗してユダヤ人音楽家も擁護したのに何故非難されねばならないのか」

と、生涯自分が歴史に果たした役割を理解できなかったようです。確かに気の毒な面はあるのですがそれくらいの現状認識はしないとね~。

 オーディオファイルとしては、フルヴェン、カラヤン二人の、新しく登場した記録メディア(SP、LP、CD)に対する順応の仕方も興味深かったです。この分野では圧倒的にカラヤンが優れており、そのアドバンテージを最大限に活用してクラシック界の帝王にのし上がっていったのは皆さんご存知だと思います。ところがデジタル時代が成熟してくると、どんどんリマスタリングの技術が革新され、フルヴェンの古いライブ演奏が見事に蘇り高い評価を得るようになります。カラヤンにとっては思いもかけないどんでん返しでした。
 著者はそれを「死せる孔明生ける仲達を走らす」の故事になぞらえています。この比喩が適切かどうかは賛否両論あると思いますが、二人が孔明仲達を持ち出しても大げさではないほどの大物であることは間違いなかったと思います。

 比べるのも気の毒ではあるのですが、クラウディオ・アバドサイモン・ラトルという5、6代目って欧米ではどう評価されてるんでしょう、少なくとも帝王ではないですよね。民主主義社会の成熟は英雄を必要としないのかもしれません。

 小物と言えばこの著者、「松田聖子中森明菜」という本も書いています(爆。