ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

クレーメル & ツィメルマン@西宮

Superduo
 昨日久しぶりにコンサートに出かけてきました。体調は万全とは言えず感動するとへたってしまう今の私には大変リスキーな行為なのですが、このコンサートだけは冗談抜きで「這ってもいかねば」と前から楽しみにしておりました。昨年クレメラータ・バルティカの公演に行けず痛恨の涙を呑んだヴァイオリンの鬼才ギドン・クレーメルと、ポーランドジャズを語らせたら右に出るものはいないオラシオさんご推薦の孤高のポーランド人ピアニスト、クリスティアン・ツィメルマンのDUOという、垂涎の、と言うかちょっと信じ難いような二人の共演です。予想通り、あまりの感動に終了後はベッドがあれば倒れこみたいくらいしんどくなってました(苦笑。

Place: 兵庫県立芸術文化センター
Time: November 17th, 2007 18:00-20:00

ギドン・クレーメル (Gidon Kremer): Violin(Nicolo Amati, 1641)
クリスティアン・ツィメルマン (Krystian Zimerman): Piano(Steinway & Sons)

SETLIST
1: ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 op.100
2: ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 op.108
(スイス滞在中に美しい風景の中で描かれた雄大な2番と情熱の3番、オフィシャルHPより)
- intermission -
3: フランク: ヴァイオリン・ソナタ イ長調
(イザイの結婚記念日に贈られたロマンティックな1曲!、オフィシャルHPより)

Eocore
1: モーツァルト: ヴァイオリン・ソナタ 第39番 第一、二楽章
2: ニーノ・ロータ 「甘い生活

Million  公演前に入場者100万人達成セレモニーがホワイエで賑やかに行われました。残念ながら私たち夫婦は999900番くらいだったようです(笑。ちなみに写真手前のご夫婦が100万人目の入場者で、奥の背の高い方が常任指揮者の佐渡裕さんです。
 さて、大ホールの満員の聴衆が今か今かと待ち構える熱気の中、定刻を少し過ぎてお二人が登場。ギドン・クレーメルはシンプルで黒尽くめのいでたちで、頭頂部のみがライトを浴びて光り輝いています。クリスティアン・ツィメルマンはロマンスグレーの髪に立派な髭を貯えられた紳士然とした方で、サンタの服を着せると似合いそう。と言うのは冗談ですが、白のシャツに白の蝶ネクタイ、黒の燕尾服というシックないでたちでした。

 今回の日本公演は計8回あるのですが、A、Bの2セットがそれぞれ4回ずつ組まれています。Aはブラームスのヴァイオリンソナタ全3曲で構成され、Bが今回の上記のプログラムで、ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番から始まります。この曲は大変穏やかな曲なのですが、最初の音が出た途端、今まで聴いたことのない質の高い音に鳥肌が立ちました。

 私もクラはワカランワカランと言いつつある程度の場数は踏んできましたし、この大ホールに関してはもう大体把握できているつもりです。そしてこれまでのクラに対する不満は主に室内楽、特に弦とピアノの二人の共演の場合にありました。どちらかがビッグネームで広い会場をとらざるを得ない場合、弦の音が小さすぎたり逆にピアノがこもったり、失礼ながら演目が退屈だったりと、あまり良い思いをしたことがありませんでした。

 しかしこの二人の演奏は次元が違っていました。クレーメルは昨年からニコラ・アマティの1641年作のヴァイオリンを使っておられますが、その音の柔らかさ美しさは「高貴」という言葉しか思いつきませんでした。速いパッセージ遅いパッセージ、強音弱音、弓弾指弾、全てにその印象が微塵も崩れません。アルヴォ・ペルトの現代音楽を弾くイメージが強かったので、これほど典雅な室内楽をお弾きになるとは全くもって予想外でした。
 一方のツィメルマンはピアノ制作の専門知識を生かして自ら調整した自前のスタインウェイをどのコンサートにも持ち込み、専任の調律師も同行させています。以前このホールでピアノが素晴らしい音で鳴ったのはラハティ響に同行した北欧のピアニストの演奏だけだったと書いたことがありましたが、やっとそれを上回る音に出会うことができました。一音一音も完璧ならハーモニーも完璧、こもらず絞りすぎず、これがこのホールで出せる最高のピアノの音なんだなと感じました。

 そしてそれにもまして素晴らしいのが二人の音のバランスです。菅野沖彦先生が常々リスニングルームの大きさとかける曲により最適のボリュームがあると力説しておられますが、それはアコースティックのコンサートでも言えることだと思います。室内楽には無理があると思われる大ホールにおいて、弦、ピアノの双方がこれほど絶妙のバランスをとった演奏は記憶に無いです。それも最初の数分でリハーサルの音量から微妙に修正され、第一楽章が終わる時点ではこれしかない、と言うレベルに達した印象を持ちました。

 それにしてもお二人とも、弱音が余さず聴き取れ強音が耳に痛くないなんてどんなテクニックを使っておられたのか、今考えても不思議で仕方ありません。例えて言うならこのお二人はF1ドライバーで、マクラーレンフェラーリのような超高度にチューンアップされたマシンを駆り、初めてのコースでもそのコース専属のドライバーより速いラップタイムをあっという間にたたき出す、という方たちなのでしょう。

 この二人の演奏ならどんな曲目でも感動したかもしれませんが、ブラームスフランク二人のソナタは素晴らしかったです。特にブラームスの3番の第二楽章の緩やかな旋律の美しさと第四楽章の爆発的な盛り上がりの対比、フランクの第3楽章の変幻自在の転調から第四楽章のフィナーレへの流れは見事でした。アンコール一曲目のモーツァルトだろうなと容易に想像がつく転がるようなピアノのタッチ、二曲目のニーノ・ロータの映画音楽「甘い生活」の陶然とする旋律の美しさも感涙モノでした。

 当然のことながら万雷の拍手鳴り止まず、何度も挨拶に出てこられました。ヴァンスカの時のようなスタンディングオベーションこそありませんでしたが、それはオケと室内楽の違いというものでしょうね。

 まだ興奮冷めやらないままに書いているので後で読み返すと恥ずかしくなってしまうかもしれませんし、後年もっと凄い演奏に出会うかもしれません。でもそれなら大歓迎です。A席一万円というのは決して安い値段ではありませんが、昨日に限っては

「たった一万円でこんな凄い演奏を聴いていいの?」

と思いました。今日を含めあと4回のコンサートはおそらく何れもチケット完売だと思いますが、運良くチケットをお持ちの方は幸せな時間を過ごせること確実です、存分にお楽しみください。