ロック、邦楽と続いてきたので、今度はMAO.Kさんのお勧めもあり、ジャズの分野で自分なりのベスト10を選んでみました。
50年代、60年代はちょっと怖くて手を出せないので(^^ゞ、先ずは70年代から。ロックがそうだったように70年代への転換点は69年にありました。この年にマイルス・デイヴィスの「ビッチェス・ブリュー」が発表されています。電化マイルスと呼ばれたマイルスの時代が始まり、ジャズ界にも電化の波が否応無く押し寄せたのが70年代と言えます。生粋のジャズファンはこの時代、苦虫を噛み潰したような顔をしていましたが、ロック小僧だった私は聴く音楽の選択枝が増えて単純に嬉しかったです。
ところが帝王マイルスが70年代後半に入り、持病が悪化して半引退状態に入ってしまいます。50年代から常にジャズの先頭を走り続けてきた彼の引退は、皮肉な事に4ビートジャズの復権をもたらします。VSOPの活躍などはその最たるものでしょう。何しろこのグループ、アコースティック・マイルスの最後のグループのマイルスがフレディ・ハバードに入れ替わっただけですからね。
マイルスだけでなく、ビル・エヴァンスやアート・ペッパーといったビッグ・ネームもこの時代に最後の一花を咲かせて鬼籍に入りますし、古き良き時代の代表的なグループMJQもその活動を停止します。
というわけで私のベスト10は勃興する電化ジャズ、最後の一花を咲かせる大御所のアルバムを交えつつ、電化マイルスで始まり、VSOPで幕を閉じます。最先端の音楽で始まり、復古調の音楽で終わるというのが、この時代のジャズの流れを何か象徴している気がしますね。ジャズファンへの失礼を顧みずに言わせていただくと、
「4ビートの正統派ジャズはこの時代を以ってクラシック音楽となった」
のだと思います、というかその当時から感じていた事ですけれど。
1970
Miles Davis Group 「At Fillmore」
ロックの殿堂フィルモア・イーストに殴りこみをかけた電化マイルス。その4日間の演奏が二枚組に渡って記録されています。リンク先を見ると曲名が書いてありますが当時のレコード面には「~day Miles」と記してあるだけでした。(~には水~土曜が入ります)
とにかく前衛的で、混沌としたロックともジャズともつかぬ猛り狂った音の氾濫がA面からD面まで延々と続きます。まあもの凄いエネルギーだけは感じ取る事ができますが、当時は呆気にとられたという印象の方が強かったです。これが名盤だと分かるのはその後の歴史のフィルターを通してからの事でした。
ちなみにチック・コリアとキース・ジャレットのツイン・キーボードが聴けるライブはこれだけで、特にキースのオルガンは堂々とマイルスの裏を取って臆するところがありません。さすがマイルスに「もう一度一緒に演奏したい唯一のミュージシャン」と言わしめただけの事はあります。
1972
Chick Corea 「Return To Forever」
Fuisonという分野を確立した名作、所謂「かもめのチック」です。モレイラ・プリム夫妻、スタン・クラーク、ジョー・ファレルという面子は今でこそ強力だなと思いますが、当時はフリムのボーカルに代表されるような軽やかなイージー・リスニング的音楽ととらえられていました。ですからジャズファンからはそっぽを向かれていましたが、広くジャズ以外のファン層を開拓した功績は大きかったと思います。
1973
The Crusaders 「Scratch」
ウェイン・ヘンダーソンがまだ在籍していた、とってもファンキーな頃のクルセイダーズの傑作ライブ。B面でのウェインのメンバー紹介や「Way Back Home」での超絶ロングトーンなど、とにかく熱い会場の雰囲気が楽しめる極上の一枚です。白人でゲスト参加しているラリー・カールトンも「excellent guitar player!」と紹介されていて素晴らしいプレーを展開しています。
1974
Modern Jazz Quartet 「The Last Concert」
長期間メンバー交替無く4人組で完璧なチームワ-クを誇ってきたMJQが23年の歴史に幕を閉じたコンサートの記録。「朝日のようにさわやかに」で始まるミルト・ジャクソンのヴァイブとジョン・ルイスのピアノの絡みの緊張感はここに至っても健在で、名曲「ゴールデン・ストライカー」「人知れず」「サマータイム」「スケーティング・イン・セントラル・パーク」などには彼等が築き上げてきた孤高の様式美を十二分に聴きとる事ができます。
後年再結成するとは思いもよりませんでしたが、その時の音はこのアルバムに比べると何とも凡庸で緊張感のないもので、やはりこのアルバムが「古き良き時代」の終焉を告げたのだ、という事を感じずにはいられませんでした。
1975 Keith Jarrett 「The Koln Concert」
マイルス学校の卒業生キースは意外にも電化には否定的で、その後チックとは異なった道を歩みます。伝統的なカルテット構成によるアメリカン4(生と死の幻想など)、ヨーロピアン4(マイソングなど)の2グループで斬新なアコースティック・ジャズを切り拓く一方で、彼の代名詞とも言えるもう一つの活動が即興のソロ・コンサートでした。その中でも最高傑作といわれているのがこのケルン・コンサートです。彼の中で昇華されたジャズ、クラシック、ゴスペルその他もろもろの音楽の要素が渾然一体となり、至上の美とも言える音が紡ぎ出されていく様は圧巻です。ECMの総帥マンフレッド・アイヒャーがこれを記録音楽として残してくれたのは、人類の偉大な財産であると言っても過言ではないでしょう。
ちなみに私が持っているアナログはトリオ盤、ポリドール盤の2種類あるのですが、微妙に音質が違っています。
Jaco Pastorius 「Jaco Pastorius」
たった一人の人間がエレクトリック・ベースの奏法の通念を根底から覆し、その新たな可能性を提示した、驚くべき傑作。後年パット・メセニーは「ジャコがいなかったらエレクトリック・ベース奏法は今と全く違ったものになっていただろう(悪い意味で)」と述べています。一曲目の「ドナ・リー」から最後の「忘れ去られた愛」までとにかく驚きの連続でした。よく「無人島に持って行きたい一枚」的な企画がありますが、そこでこのアルバムが挙げられることが多いのは何度聴いてもその度に新しい発見があるからでしょう。
1976
Weather Report 「Heavy Weather」
マイルス学校の優秀な卒業生ジョー・ザビヌルとウェイン・ショーターが結成したウェザー・リポートは70年代電化ジャズの新しい地平を切り開いていきましたが、彗星のように現われた驚くべき新しい才能ジャコ・パストリウスを取り込む事により、ついにそのキャリアの頂点に達し、70年代を代表する驚くべき傑作を産み出しました。それがこのアルバム「ヘビー・ウェザー」です。(実際はジャコが手渡したデモテープをジョーは一年くらいほって置いたみたいですが^^;)
マントラも後年カバーしたザビヌルの名曲「バードランド」、2曲目ショーターの究極のバラード「おまえのしるし」、3曲目のジャコの才能全開の「ティーン・タウン」と、A面での冒頭三連発であっという間にノックアウトされてしまいますが、その後も素晴らしい曲やジャコの超絶プレーの連発が襲ってくるのですからたまりません。
私は迷わず70年代ベスト1にこのアルバムを推します。実際セールスもフュージョンの枠を超えて他のロック・ポップスのアルバムと比肩できるくらいでしたし。でも後年ザビヌルが語ったところによると、いくら売れてもこのグループはライブで演奏するのに金がかかりすぎて全然儲からなかったそうです。
1977
Art Pepper 「Live At The Village Vanguard」
50年代ウェスト・コースト・ジャズの代表的アルト・サックス奏者でありながら度重なる麻薬禍で再起不能といわれていたアート・ペッパーが奇跡の復活を果たした時期のビレッジ・バンガードでの熱演を収録したライブアルバム。(私が持っているのは4枚組みCDなのですが、今回捜しても見つかりませんでしたのでリンクはばら売りの一枚目にしてあります。)
もともとは「ミーツ・ザリズム・セクション」や「モダン・アート」などで聴けるような才気煥発の演奏を得意にしていた才人でしたが、ここではエモーショナルでいて誠実な演奏が聴けます。彼自身が「ストレート・ライフ」と呼んだ人生の年輪を感じさせるところなど、日本人好みと言えばそれまでですが、実に感動的なライブではあります。一曲目の「キャラバン」なんかスタンダードの代表みたいな曲でそれこそ星の数ほどの録音があると思いますが、その中でも十指に入るような名演ではないかと思います。
その後彼は諦観に満ちたアルバムを何作か発表後82年にその波乱の生涯を閉じます。
Bill Evans 「You Must Believe In Spring」
ビルのアルバムはどうしても一枚は入れたかったのですがこれにしました。実を言うとこの時期に録音してありながらレコード会社の都合で長い事お蔵入りしており、発売されたのは彼の死後でした。ですから厳密に言うと80年代のアルバムなのですがご容赦ください。
他界した兄ゲイリー、妻エレーンへの追悼の曲に代表される深い哀しみに満ちた美しいバラードが主体のアルバムで、彼の切々とした哀しみがその演奏の中からにじみ出ています。いつもより控えめなエディ・ゴメス、エリオット・ジグムンドのサポートも素晴らしい。
彼はその後マーク・ジョンソン、ジョー・ラバーバラとの新しいトリオに昔のスコット・ラファロ、ポール・モチアンとのトリオに勝るとも劣らない可能性を見出しますが、残念な事に彼の体はアルコールによりぼろぼろに侵されており、治療を拒否した壮絶なライブの後ゲイリーやエレーンの後を追うようにして1980年にその生涯を閉じます。
1979
V.S.O.P.「Live Under The Sky」
伝説となった日比谷野音での豪雨の中でのライブを完璧に収録したアルバム。ジャズのコンサートとしては珍しく、当時大変な話題になったのを覚えています。
VSOPとは確か「Very Special One-Time Performance」の略だったと思います。というのも、もともとはニューポート・ジャズ・フェスティバルの目玉企画として黄金期のマイルス・デイヴィス・グループ(ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス、ウェイン・ショーター+MD)を再現する予定だったのが、マイルスの復帰が叶わなかったためにフレディ・ハバードが急遽代役を務めた一回きりのグループ編成の筈だったのです。それがあまりの好評にこのメンバーでの演奏がその後もあちこちで行われ、その白眉がこの日本での雨中のコンサートでした。確かに今聴いても興奮するような熱演でハービーの
「You are the greatest audience ever!」
という観客への賛辞もあながちお世辞では無い様に思います。録音も素晴らしく、弱音部で豪雨の音も鮮明に捉えられており、まことに稀有なアルバムではあります。
ただ冒頭にも述べたように、70年代の締めくくりがこの懐古的アルバムで、始まりが前衛を絵に描いたような電化マイルスであったというのは順序が逆じゃないか、と言う気が今でもします。当時産業ロックと揶揄されながらどんどん技術革新を繰り広げていたロックの隆盛からは完全に取り残され、次の80年代にはいよいよその差が歴然としてしまいます。80年代を代表するジャズの曲としてすぐ思い浮かぶのが、このVSOPのメンバーであったハービーがロック・ヒップホップの世界に踏み入った「ROCKIT」であるのは皮肉にも思えますし、またマイルスの先進性が彼に受け継がれた必然の結果という気もします。という訳で次回は80年代をお送りいたしますが、果たして10枚選べるんでしょうか、正直不安です(^_^;)。