ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

カポーティ

カポーティ コレクターズ・エディション
はむちぃ: 先日ご主人様が小説「冷血」をご紹介いたしましたが、いよいよ今日は映画のレビューでございます。
ゆうけい: ようやくレンタル屋さんで「カポーティ」を発見、観ることができました。

『  「ティファニーで朝食を」などで知られる作家、トルーマン・カポーティの半生に迫ったドラマ。カンザスでの一家惨殺事件に興味を持った彼が、服役中の犯人に取材を試み、「冷血」として小説に書き上げるまでを描く。死刑を宣告された犯人を自作に利用しつつも、やがて親近感を覚えて戸惑うカポーティ。作品のために“冷血”になっていた彼が、死刑を前にした犯人の心を知る過程は、感動的でありスリリングでもある。
   本作最大の見どころは、フィリップ・シーモア・ホフマンの演技だろう。ゲイであることを隠さなかったカポーティを、高めの声で表現。電話の受話器をつかむときなど、つねに小指を立たせるあたりが笑える。一方で自分の作品のために卑劣になる男の姿は、ある意味、リアル。本作は人間のダークな本能にも焦点を当てているのだ。またカポーティの親友や容疑者などキャストのアンサンブルも見事。そして観終わった後も印象に残るのは、映像の数々である。野原に建つ家や、殺された家族の部屋など、その構図や、惨い状況に反した落ち着いた色づかいは、1枚の絵のように不思議な美しさをたたえている。』 (斉藤博昭、AMAZON解説より)

は: さすがフィリップ・シーモア・ホフマン様が昨年度のアカデミー主演男優賞を獲得しただけのことはございますね。素晴らしい演技でございました。
ゆ: それに解説にあるように映像が素晴らしかったですね。広大なカンザスの風景を事件に重ね合わせて寒色系の陰鬱な色調にしたところなど、カポーティが「恋人」とひと夏を過ごすスペインの海岸やNYのきらびやかな社交界の情景と鮮やかなコントラストを描いていました。

は: でもその割にご主人様、あまり満足そうではございませんね?
ゆ: そうなんだよねえ、今回ばかりは小説の復習が裏目に出たかな、と後悔しております。
は: と申されますと、よく小説の映画化で見られるような、原作との乖離が大きい、あるいは端折り過ぎ、と言うようなことでございましょうか?
ゆ: う~ん、敢えて言うと後者かな、とにもかくにも

「この映画はトルーマン・カポーティと言う人物を描いた映画であって彼の小説「冷血」の映画化ではないのだ」

と言うことを自分に納得させながら見ないといけなかったところが少々辛かったです。

は: もう少し具体的にご説明お願いいたします。
ゆ: ある程度ネタばれになりますが、この映画には小説「冷血」に描かれた人物や出来事のおそらく1/10も出てきません。ですから小説を読んでからこの映画を見ると肩透かしを食らったような気になるんですね。
は: homさまのように映画を観てから原作を読む方がいいと?
ゆ: そうそう、原作を知らないで映画を観れば、homさんがレビューされているように、前半は少々退屈でも、後半の非常にスリリングな展開に映画に引きずり込まれていくと思うんです。
は: カポーティが犯人に執着し更には同性愛的な愛情さえ見せ、死刑執行の引き伸ばし工作さえして狡猾とさえ言える取材を進めていきながら、いざ引き伸ばしが成功すると今度は小説が完成できないことに苦しむことになる、と言うあたりでございますね。
ゆ: そうそう、そういう意味ではカポーティを描いた映画としては傑作だと思うし、年に何本も出会えない感動を与えてくれる映画なんですけど。

は: 原作はもっと多くの要素が複雑に絡んでおりますからね。
ゆ: だから、homさんと逆に前半感動、後半がっかりだったんです。序盤、原作で献辞を捧げられているネル・ハーパー・リージャック・ダンフィーが絡んできて主人公トルーマン・カポーティの性格や性癖が次第に明らかになるところ、アルヴィン・デューイの妻に取り入ったりする取材の舞台裏が描かれているあたりにぞくぞくしてたんですが、その後の登場人物の少なさ、カポーティネル以外の人物の造型の浅さに「このまま終わっちゃうのか」と言う不安が先に立って集中し切れなくなってしまいました。

は: 確かに膨大な登場人物のうち、まともに役柄を与えられているのは犯人二人と捜査官アルヴィン・デューイくらいのものでございますね。
ゆ: 確かに犯人の一人リー・スミスに対して示すカポーティの執念がこの映画の核になってはいるんですが、実は彼自身についての描写は原作に比べるとあれでも浅いんですよね。例えば生い立ちについて、半分インディアンの血が混じっていると言うことはさらりと語られていますが、それ以上に踏み込まれていないんです。
は: 壮絶な生い立ちと家庭環境ですものね。兄弟姉妹のうち二人が自殺していることが姉から語られる程度でした。
ゆ: それに留置所でリスをてなづけて飼ったり、映画では何も語られていない本当にチョイ役の肥満体の死刑囚に対して彼が持っていたコンプレックスなど、彼の性格を語るのに絶好のエピソードがばっさり切られているのは残念でした。
は: もう一人のリチャード(ディック)・ユージーン・スミスは完全に脇役扱いですよね。
ゆ: 小説では彼についても、生い立ち、家族構成、死刑決定後の葛藤など極めて詳細に描かれているんですよ。それに彼の場合

「一人も殺していないのに死刑は妥当か」

どうか、というペリー以上に深刻な問題もあるんですけれどね。
は: 捜査官アルヴィン・デューイはかなりの描写がされていたと思いますが。
ゆ: 彼にしても、犯人が捕まるまでの苦悩については実にあっさりとしか描かれてなかったですね。カポーティは実際はその辺も実に執念深く詳細に取材してるんですが。それと、原作を傑作たらしめているひときわ印象的なエピローグで、アルヴィンが惨殺されたクラッター一家のお墓に参って成長したスーザン(惨殺されたナンシー・クラッターの親友)と出会う場面は入れて欲しかったですね。
は: カポーティと直接関係ないエピソードかもしれませんが、実際原作で書いていると言うことはその現場にいたかもしれないんですし、時の流れや死刑執行引き伸ばしの時間の長さを語る意味でもあったほうがよかったかもしれませんね。
ゆ: その後にこそ

トルーマン・カポーティはその後一作も小説を書けず、アルコールの合併症で1984年この世を去った。」

とエンドロールを入れて頂いてたら感動も一入だったのになあ、と思いますね。

は: では最後に一言お願いします。
ゆ: 映画自体は傑作だと、もう一度申し上げたいです。しかしその傑作さえ物足りなく思えるほど、原作「冷血」は測り知れない重みを持っていることを再認識しました。彼が朗読会で冒頭の部分を朗読するところなど、ちょっと感激して目頭が熱くなりました。
は: という訳で、皆様も先ずは映画をご覧になって興味が湧けば原作をお読みくださいませ。